第14話 変化の予感

 夜になると雨が降り、朝になると霧がでます。

 日が昇るにしたがい霧は晴れ、今日も良い天気になるでしょう。


 聖女様のお力で神殿に住むあたしたちは、おかげさまで毎日のように涼しくさわやかな朝を迎えることができています。


「なんだか、すっかり様子が変わっちゃいましたね」


「そうね・・・」


 神殿の眼下では、今日も土地神様が元気よく神殿周辺の土木工事に勤しんでいらっしゃいます。


「土地神様、お元気ですね」


「そうね・・・」


 おかげで、ちょっとした高台にあったはずの神殿は、今では黒い謎の石材で出来た巨大ピラミッドの頂点に鎮座する形となっています。

 神殿なのに、これでは教会のお話に出てくる邪教徒の本拠地みたいです。


「土地神様、まだまだ掘る気十分みたいですね」


「そうね・・・」


 これだけ土地神様が昼夜兼行で掘り進めているというのに、巨大ピラミッドの裾野はまだまだ地下に埋まっているようなのです。

 今では地面から高さは100フィート近くあるのではないでしょうか。


「とりあえず、お茶にしましょうか。それから畑の方を見に行きましょう」


「はい、聖女様」


 いつまでも土地神様のお仕事を見ていても仕方ありません!

 あたし達は自分たちの仕事をしないと!


 土地神様が周囲を掘り起こすのに伴って、畑は神殿の中庭に移しました。

 聖女様とあたしが食べるだけなら、そこまで広い面積は必要ないからです。


 塊芋や雛豆、それとカラス麦が植えられているだけの、ささやかな畑ですが、強い日差しと聖女様の水のおかげか、ちょっと尋常でないくらいすくすくと育っています。


「他にも作物の種が、できればこの土地のものが手に入れば良いのですけれど・・・」


「ぜんぜん、人がいませんものね」


 今でこそ聖女様のお力で一面に豊かな草が生えた平原となっていますが、つい数ヶ月前までは岩で卵や焼けそうなぐらいの灼熱の乾燥した岩と砂ばかりの土地でした。

 おかげで、不足した品を交易で手に入れるという当たり前のことができません。


「いざとなれば、砂漠蟲の蟲車で川舟の船着き場まで行く、という方法もありますけど」


「都合良く交易船がいるとは限りませんものね・・・それに現地の役人達に難癖をつけられても面倒くさいですし」


 不満はあるけれど、決定的に困っているわけではないので腰が重い。

 中途半端な事態であるのは否めません。


 聖女様はとても楽観的な性質でいらっしゃいますし、あたしは土地神様の件で驚き放しで他に余計なことを考えるだけの余裕がありませんでした。


 正直なところ「なるようになってきたし、なるようになるでしょ」というのが、この土地に追放されてきてからの聖女様とあたしのスタンスでした。


 けれども聖女様がこの土地にもたらした変化がいかに大きなものであったのか、すぐに思い知ることになるのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 それは、あたしが土地神様のご飯として河原の流木を拾いに来ていたときのことです。


「・・・舟?」


 まだ一マイル近く距離はありそうですが、間違いありません。

 こう見えて、あたしはなかなか遠目が利くのです。


 それは粗末な麻の帆を張っただけの小さな舟でした。

 聖女様のお力ですっかり川幅も広がって水量も増えた川を遡上してきたのでしょう。


「いけない!聖女様にお知らせしないと!」


 舟の到着にはまだ時間がかかりそうです。

 あたしは聖女様にお知らせするために走り出しました。


 息をきらせて走りつつも、今の温かくものんびりとした日々が変わってしまうイヤな予感がしてなりませんでした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 王国は今や戦争に向けてその持てる魔導蒸気機関の工場群を全力で稼働させていました。

 煙突は黒煙を吐き出し続け、燃料の石炭や金属の大きな部品が絶え間なく運び込まれています。

 大人の男性だけでなく、女性や子供まで動員しての24時間体制で全力運転です。


 連日の深夜残業と非熟練作業者による無理な労働。

 おまけに扱っているのは火薬を含む火器。

 当たり前のように事故は多発します。


「ああっ!」


 重たい砲弾を運んでいた女性がフラフラとよろめいて、運搬台を倒してしまいます。

 非常に幸運なことに砲弾は信管を取り付ける前であっため爆発は免れました。


「少し休んだ方がいい。ろくに食わせずに1日12時間も働かされて・・・」


「くそっ、俺たちは奴隷じゃねえ・・・」


 声をかける周囲の人たちも、倒れた女性におとらず痩せて顔色が良くないのです。


「戦争だって?それで俺たちの腹が膨れるのかよ・・・」


「そもそも王子が聖女様を追い出したりしなけりゃ、こんなことには・・・」


 王子様は貴族達の意見対立を避けるために「内戦をするよりは」と「外国との戦争」を選択しました。

 しかし、王子様は忘れていたのです。

 王国を構成するのは貴族だけでなく、その下で働く国民達である、ということを・・・。

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