第49話 王国の混乱

 王国では、王と貴族が困り果てていました。

 連日、会議の間では王と貴族が結論の出ない会議を繰り返しています。


「陛下、このままでは国家財政が破綻しますぞ!」


「せめて軍事費を減らさねば・・・」


 戦争のせいで王国の財政が破綻しそうになっていたからです。

 変な言い方になりますが、これまで王国は儲かる戦争しかしたことがありませんでした。


「この戦争は泥沼だ・・・人や金貨をどれだけ吸い込めば気が済むというのか」


 王も議会も国外の利権獲得のために戦争を行ってきましたし、強い軍事力がその達成を可能にしてきました。


 ランチェスターの法則で言われるように、軍事力の差というのは一定の比を越えると加速度的に損害が減少します。


 王国には魔導蒸気列車の鉄道網と強力な魔導蒸気推進の艦隊で世界のどこへでも迅速に大勢の強力な武装の兵士を送り込むことができたために、ほとんど損害なく戦争で勝利することが可能であったのです。


 そうです。可能であった。

 つまり過去形です。


「つくづく艦隊を失ったのが痛い。例え陸軍が失われたとしても、海軍さえ健在なら幾らでも建て直す術があったものを・・・」


 今や雨が降らなくなった王国は、食料を輸入しないと存続できません。

 国内には世界最先端の魔導蒸気機関を備えた工場が多数ありますが、石炭や鉄鉱石、綿花は輸入しなければなりません。


「石炭や鉄鉱石も値上がりしています・・・」


「ぐぬぬ・・・足下を見よって・・・」


 これまで王国がいかに原材料を買い叩いてきたか、を脇においやって王と貴族は悔しがっています。

 輸入ルートさえ海軍艦隊で自前で確保できていれば、王国は工場が稼ぎ出す利益で海軍を再建できた筈なのです。


「将軍はどうしているか?」


「隣国とは前線を整理しつつ停戦交渉を行っているようですが、入植地と戦後賠償で交渉は難航しているようです」


「賠償?賠償だと!? 王国が賠償金を払うことなどあり得ん!」


「おのれ、調子にのりおって・・・」


 戦争で勝利し続けたために、王国には敗戦時のリスクを管理する政治的機構がありません。

 今回は血気に流行った王子が単独で隣国に戦争を宣戦布告なしに仕掛けた挙げ句に戦力を失って国運を傾けたわけですが、そうでなくともいずれ王国は大火傷をしていたことでしょう。


「む・・・なに!?」


 そこへ連絡役の兵士が思わぬ知らせをもたらしました。


「王子が生きていた、だと?」


「殿下が!?」


 今日の王国が置かれている全ての衰運の原因となった、死んだはずの王子が帰還した、というのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 会議の間に入ってきた王子は、いっときの病気からは何とか回復し、青白くやせこけた顔ではありましたが意外に力強い足取りで入ってきました。


 金色の肩章のついた黒い軍服に身を包み、かつかつと軍靴を響かせて真っ直ぐに歩む様はまさに以前の颯爽とした王子を彷彿とさせるものです。

 ただ、以前の王子を見知っている者からすると、右目は大きめの黒い眼帯に覆われ、右腕の白い手袋をした手が不自然に伸ばされたままであることに気づいたでしょう。


 王子は王の前にすたすたと歩み寄ると、膝を突くこともなく端的に要求します。


「陛下!私に魔女を討つ兵をお与えください!今度こそ王国に仇なす兵を討ち果たしてごらんにいれます!」


 王は深くため息をつきました。

 あまりの言いように目眩を覚えたからです。


「お前は何を言っているのだ・・・」


「何ですと!?」


 激高する王子に、王は為政者として現実を教えます。


「兵などどこにいる?100年をかけて王国が育成してきた貴重な艦隊は、お前が玩具のように振り回した挙げ句、全てが失われてしまった。強大な魔導蒸気推進機関も、1000を越える魔導大砲も、熟練の水兵達もみんな異国の川底に沈んだ。お前が沈めたのだ!」


 言葉のない王子に向かい、王は続けます。


 「陸軍は隣国の戦争で血と泥にまみれて退却中だ。それも、いつ戻れるのかの見当もつかん。王子よ、教えてくれるか?兵などどこにいる?魔法の壷を逆さに振っても兵士はわいてこないのだ」


 王子はムキになって言い返します。


「兵士は王国中の農村から徴発すればいいではありませんか。この先、雨が降らなければどのみち農作物など作れません」


 王はさらに言葉を重ねます。


「お前は基本的なことがわかっておらん。農村の男達は貴族の財産なのだ。王国がその財産を取り上げよ、というのか?内乱になるのがわからんか?」


「銃と大砲を管理しているのは王家です。保守派の貴族を排斥し国内を統一する好機です」


 王は頭を左右に振ると、これ以上の説得を諦めました。


「なるほど。そうかもしれん。農村の兵士を徴発し、保守派の貴族を排斥すれば国内を統一して戦争を続けることができるかもしれん。だが、そうするつもりはない。そしてお前には責任をとってもらう必要がある」


「責任・・・責任ですと!」


 責任とは部下が取るもの。王族は責任を取らないものです。

 王は自分を犠牲の羊にしようとしている、と王子は確信したのです。


「そうだ。戦争を始め、敗北した責任。艦隊と兵士を徒に失った責任だ。そなたも王族だ。責任のとりようは知っておろう?」


「ですが!魔女はどうされるのですか!魔女を討てるのは私をおいて他におりません!!」


 王子の声はほとんど絶叫の域に至っていましたが、王の決心を動かすには至りませんでした。


「魔女か・・・そもそも聖女を追い出したのはそなたではなかったか?お前が処罰されれば、あんがい気を変えてくれるかもしれん。そなたは責任を取るのだ・・・どうかしたか?」


 決定的な一言でした。


 それまで比較的冷静に受け答えを行っていた王子の顔は、怒りと屈辱で真っ青になり、体がぶるぶるとおこりのように震え出したのです。


 王子が指の動かない腕を向けたとき、王は本能的に危険を感じ警備の近衛兵を呼ぼうとしましたが、それは叶いませんでした。


 パンッ!パンッ!パンッ!


 軽快な音と火薬炎が王子の指先から3度立て続けに響き、王の額と目と鼻に小さな穴を開け、椅子の背もたれに真紅の華を咲かせたからです。


 それが王国を強大な覇権国家に育て上げ、息子の教育に失敗した偉大な王の最後でした。

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