第11話 王国に起きていた大変なこと
その頃の王国では、大変な政治的変動が起きておりました。
「どうしてこうなったのだ・・・」
それが、最近の「太陽の王子」様の口癖です。
聖女様を追い出した王国は正式には大陸統一王国及び北部諸国連合統一王国といいます。
名前が長すぎるので、多くの人はただ「王国」と呼んでいます。
それで通じるくらい、諸外国よりも先んじて魔導蒸気機関による産業革新を成し遂げた王国の国力は比類ないものであったのです。
「我が王国は神に愛されし国!太陽の沈まない王国!その証拠に世界を征した!なのに・・・!」
王子様は歯噛みをします。
ところが、その国力に陰りが出てきました。
言うまでもなく、聖女様を追放して以来、王国を襲う渇水です。
雨が少ない、などという水準でなく、全く雨が降らないのです。
「たかが麦が穫れ高が怪しい程度で、保守派の老人どもがオタオタしおって・・・」
王子様には不満があります。
雨が降らないと、水を多く必要とする作物が育ちません。
普通の国では渇水に供えて、ため池の敷設や潅漑設備の工事を行うものですが、王国ではそうした渇水への備えは何一つ出来ていませんでした。
書類上は出来ているはずの各種の農業設備は、王族や貴族達の無駄に豪華な衣装や大きな邸宅に換わっていたからです。
農地の多くは貴族の所有物でしたから、保守的な貴族は遅蒔きながら状況に気づき顔色を青くしました。
しかし、彼らに打つ手はありません。
せいぜい下々の役人へ怒鳴り散らし、泥縄に井戸を掘らせるなどの工事を始めさせるぐらいが関の山です。
もちろん、そんな対策では飲み水の確保は出来ても、今まさ困窮している農業を救う役にはたちませんが。
「若い連中も連中だ。小銭のために国土を汚して恥を知らんのか!」
王子様には憤りがあります。
雨が降らないと、水を多く必要とする産業が成り立たなくなります。
製鉄業や製糸業は材料の洗浄や冷却に非常に多くの工業用水を必要としますが、そうした水は川から直接に取り入れています。
雨が降らなくなると、だんだんと川の水位が下がってきますので工場に水を取り入れることができなくなります。
水を取り入れることができなくなると工場が停止してしまい大変な損害につながりますから、経営者達は工場の労働者達をつかって懸命に取水口付近の川底を掘り下げたり、魔導蒸気ポンプを使ったりして水が減った川の底を浚うように水を汲んでいきます。
使い終わった水は、特に処理されることもなく下流に流されます。川の水を取り入れるのに以前よりもコストがかさむようになったので、その費用を経営者達は節約したのです。
そうした新しい産業の工場経営者の多くは新興貴族で、うまく魔導産業革命の波に乗ることが出来た者達です。
代々の資産を持たない彼らは国や銀行から多くの資金を借りて工場を経営していますから、工場の停止はそのまま事業の破綻につながるので必死です。
これまでは川の水が多かったので工業の汚水も薄められていたのですが、今ではそうはいきません。
豊富な水量と水の清らかさで知られた王国の川は、今ではすっかりイヤな臭いのするドブ川になってしまいました。
「まったく、なぜこんなことに・・・」
王子様は頭を抱えたままで、再び呻き声をあげました。
ドブ川の水は農業には使えません。
王都近くの農地を持っている保守的な貴族達は激怒しました。
ただでさえ少なくなった水と国土を汚す新興貴族のやり口に我慢がならなかったからです。
新興貴族にも言い分があります。
現在の王国の国力を支えているのは紛れもなく魔導産業革命による製糸、製鉄です。
石炭と水と鉄鉱石から、蒸気の力で世界を征する産業と武器を生み出したのです。
農業という無知な農民をこき使うだけの、時代遅れで親から引き継いだ資産だけが自慢の保守的な貴族が大きな顔をしている現状には大きな不満を抱いてました。
行き着くところは、保守派貴族と新興貴族の深刻な政治的対立です。
自分の財産を守るためには他人の財布を攻撃するしか方法のない、妥協も話し合いも不可能な情勢です。
「話し合いもせんとは、野蛮なやつらめ・・・」
お上品な王子様からすれば、聞こえてくる暴力沙汰はとても高貴な貴族達のすることには思えません。
工場の取水口や排水口の近くでは、工場に雇われたならず者と農地の貴族に雇われたならず者が毎日のように罵声をとばし、棒や農具で殴り合ったり、負傷者がでています。
その規模はだんだんと大きくなっており、死者が出るのは時間の問題です。
しかも、噂では双方が銃火器や私兵を集めているようです。
このままでは、一触即発で内戦コースです。
「王子!このままでは!」
「何とかして下さい!国を救うためにご決断を!」
内戦などが起きたら全ての王国の財産は灰燼に帰すでしょう。
情勢を危ぶむ多くの貴族達は王家に仲裁の陳情を求めてきました。
王家と王子には、国を救うための大きな責任を伴う政治的決断が求められています。
しかし、この局面で正しく決断ができる度量が王子様にあれば、そもそもこんな事態に陥るはずがなかったのです。
「何か・・・何か方法があるはずだ・・・」
王子様は「自分は悪くない」と、すっかり認知が歪んだ頭脳で懸命に解決策を模索します。
それがまた、事態を斜め上に動かすことになるのです。
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