第54話 神様たちの盲点
本日1話目更新
「なにか・・・なにかがあるはずだ・・・もっと探せ!」
王子は制圧した水の神殿を兵士達に徹底的に捜索させていました。
軍事力が低下した今の王国では正面から「魔女を討つ」ことはできないことは、さすがの王子も理解していたからです。
特に念入りに探させたのは聖女の記録です。
聖女が神殿を退去させられた際に多くの資料が持ち出されましたが、聖女がどんな記録にアクセスしたのかは神殿の図書館や記録室に残されています。
「あの魔女が何を見て、何を知ったのか。とにかく何でも良いから探すのだ!」
王子の甲高い叫び声が、荒された神殿の高い天井に響きます。
◇ ◇ ◇ ◇
王子の王国での奮闘などつゆ知らず。
あたし達は神殿で決起集会を行っていました。
「羊の毛を蒸気で洗う蒸気機関の機械を作って銀貨と金貨でポケットが破れるぐらい一杯にする計画」のキックオフです!
「社長はあなたですよ、リリア」
「あ、あたしですか?」
「あなた以外に誰がやれるのですか?」
聖女様に言われて、あたしは計画の参加者の面子を見渡しました。
あたし。聖女様。土地神様。御柱様。以上4名?
「たしかに・・・」
人の比率が少なすぎるのです。
神様に代表をやっていただくわけにはいきません。
「それでは社長から一言どうぞ」
「ドウゾ」
「は、はい!」
えーと、えーと社長って資本家ですよね。ブルジョワジーってどんなこと言えばいいんでしたっけ・・・うーん、たしか織物工場で働いてた友達から聞いた印象は、こんな感じ!
すーっと深く息を吸って、思い切り胸を張って、と。
「ぐっへっへっへ。働け働け!働かんやつは昼飯抜きだ!」
「「・・・」」
あ、あれ?反応が薄い!
「・・・すみません、ちょっと社長って何をしたらいいかわからなくて・・・」
「ワカル」
「理解シタ」
わかられてしまいました。
「やっぱり聖女様が社長やってくださいよう!あたしには無理です!」
「わたしは聖職者ですから、俗界で利益を貪る表看板になるわけにはいきません」
裏で利益を貪る黒幕になるってことですね、知ってます。
「うー・・・やります。頑張ります」
「よろしい」
金貨と銀貨でポケットを一杯にする資本家階級を目指して、あたしは頑張ります!
◇ ◇ ◇ ◇
「そういうわけで、おじさん、ちょっと羊の毛を洗ってみませんか?」
「うーむ?こんな樽で洗えるのかね?」
「お野菜は洗えました!」
「お野菜・・・」
そうなのです。
聖女様が考案し御柱様が設計した、私製洗濯樽試作3号機は聖女様が暇に任せて神殿内に植えたので使用に収穫が追い付かず、倉庫に山と積まれたお野菜を片端から洗うというとても過酷な試験を乗り越えて、いざ実践の場に臨もうとしているのです!
「なんか、樽から白い煙があがっとるけど」
「小さくても魔導蒸気機関内蔵ですからね!」
「はあー。そりゃ大したもんだ。ちょっとおっかないのう」
「大丈夫、危険はないですよ!」
ちなみに1号機は蒸気圧力が高すぎたせいか爆散し、2号機は回転が速すぎたせいか樽が脱落してお野菜ごと100フィート近く転がっていきましたが。
今回は大丈夫なはずです!
「でこぼこした塊芋の土と一緒に皮もきれいに剥けて、おまけにお湯と蒸気で美味しい感じに茹でられる優れものです!」
ふんす、と胸を張って説明します。なにしろ、この洗濯樽は画期的な発明で自信作なのですから!
ところが、羊飼いのおじさんは困惑した表情で、おずおずと言ったのです。
「その・・・言いにくいことなんじゃが」
「はい」
「もう普通に塊芋を茹でる機械として売ったらいいんじゃないのかね・・・」
「あっ」
あたしの金銀じゃらじゃら資本家生活は、走り出す前につまずきを余儀なくされたのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
めげている場合ではありません。
社長には社員を率いていく義務があります。
羊飼いのおじさんの的確なアドバイスを受けて、あたしは幹部を集めて緊急の経営会議を開くことにしました。
「えー。先日のことですが、あたしが羊毛洗濯のテストを頼んだ羊飼いのおじさんから、私製試作蒸気洗濯樽三号機、通称三ちゃんは羊の毛を洗うよりも野菜を洗うのに向いているのではないか、という真にもっともな指摘をいただきまして、今回の会議を開くことにしたものです。社員の皆さんは社長のあたしに遠慮せず活発な意見交換をお願いします」
経営会議の参加者は聖女様、御柱様、土地神様。
よく考えると、神様かそれに近い人しかいませんね。
「野菜を洗うのに機械が向いている・・・盲点でしたわ」
「タシカニ」
「ヤサイ オイシイ」
よくよく考えると、あたし以外に野菜を洗ったり家事をきりもりした経験をもつ人?がいないのです。
聖女様のお世話はあたしがやいておりますし、御柱様と土地神様は水と石炭か泥炭があればご機嫌です。
つまり「野菜を洗ったり皮を剥いたりするのが面倒くさい」というニーズがないんですね。
「それで、皮を剥いて茹でた塊芋は市場で売れますの?」
などと、雲の上の人は言うのです。
「売れますとも!だってすぐに料理できるじゃないですか!」
「ですが、お家に持って帰って料理するなら保存できないと困るでしょう?」
なるほど。さすが聖女様はお金持ちの発想ですね。
「聖女様、ほとんどの市民は食料を貯めこんでおけるほどお金もないし、家も大きくないんです。それに家には小さな台所しかありません。火をおこすのも、おこした火を保ち続けるのも薪が要りますから、あらかじめ調理の手間を省いてくれる総菜があれば、とても助かるんです」
「なるほど・・・」
あたしも王都の屋根裏に住んでいたころは、部屋で料理はほとんどしませんでした。
朝方に大家さんが大量に沸かしたお湯を少しもらってお茶を淹れたくらいです。
「塊芋かあ・・・」
塊芋と鱈を蒸かして油で揚げたら、きっと美味しいのです。
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