第51話 複製品

 巨大な軍艦を地上に引き上げた土地神様は、さすがにそのまま引っ張っていくのは難しいのか、その場で蒸気を吹き付けて洗浄を始めました。

 これだけ巨大ですと、そもそも神殿に置いておくこともできないでしょう。


「はー・・・大きい」


 元は軍艦であった巨大な魔導蒸気推進機関。

 あたしには、それは巨大な機械仕掛けの魚の下腹のように見えました。


「お花がついてる?」


 その魚の尾鰭部分には、あたしの背丈より大きなお花がついています。

 あのお花をグルグル回して帆もなしで船を進ませる仕掛けだということは聞いたことがあります。


 そろりそろりと近づいて、泥の汚れが落ちた花に触れてみます。

 驚いたことに、花びらは鉄ですが真ん中の軸は木で出来ています。

 軸の木に鉄の花びらが少し捻れて取り付けられています。

 この捻れの傾きが船を前に進ませることは、何となく想像がつきます。


「このスクリューの秘密だけでも、知りたい国は山ほどあるでしょうね」


「あ、聖女様」


 いつの間にか、聖女様も来ていました。


「魔導蒸気推進機関の引き揚げをお願いしたのは私ですからね。来ないわけにはいかないでしょう」


 そう言いながら、ひどく熱心に艦の残骸に張り付くようにしてうろつき回っています。


「やっぱり、壊れてます?」


「そうですね。あれだけの爆圧を一瞬で受けたのですから、タンクは潰れていますね。配管はバルブや継ぎ目がとんだ以外は比較的、損傷が少ないように見えます。蒸気機関本体は鋳物ですから大丈夫でしょう」


「はあ・・・」


「つまり、しっかり洗って分解整備すれば、簡単に直せる程度の損傷です」


「すごいです!」


「まあ、その技術者をどう確保するか、という問題はついて回りますが・・・」


「なんだあ・・・」


 王国の戦艦を修理できるのは、王国の造船所の技術者達だけでしょう。

 造船所は女性の立ち入りが禁止されるので入ったことはありませんが、国家機密の塊だと聞いたことはあります。

 造船所で働く人達は厳しく管理されて、工具やネジの一つも持ち出せないように身体検査もされる、とお城の兵士のおじさん達が話していました。

 きっと王国でのお給料もいいでしょうから、こんな地の果てまで来てくれる物好きはいないでしょう。


「どうです?直せそうでしょうか?」


 聖女様が上の方を向いて誰かに呼びかけています。

 あたしではなさそうです。

 視線の先には、丸い金属のボールがふよふよと蒸気を吹きながら漂っています。


「空中眼・・・御柱様ですか?」


「ええ。ちょっと見ていただいています」


「御柱様に魔導蒸気推進機関がわかるのでしょうか?」


「どうでしょう?ただ、あんな歯車の荒いモノはダメだ、とは仰ってましたから、何かしらご意見はいただけるかもしれません」


「歯車が荒い・・・どんな意味なんでしょう?」


「たぶん、作りが荒いとか出来が悪いとか、そういう意味ではないかと思います」


「ああ、なるほど・・・」


 あたしと聖女様が会話している間にも、空中眼は船尾から舳先までゆっくりと観察するように浮遊し、少し位置をずらして舳先から船尾へと空中に糸を引くように往復運動をしています。


「すごく正確な動きですね。自動織機みたいです」


「リリア、御柱様が聞いたらきっと気を悪くしますよ」


「えー・・・」


 あたしとしては見たことのある中で、いちばん正確で早く動く機械に例えただけなのに・・・。


「でも聖女様、自動織機ってすごいんです!友達の女の子が織物工場で働いていましたけど、熟練の女工さん100人分の働きをする、とか言ってました。まあ、機械が休んでくれないせいで儲かるのは工場を持っている資本家だけで働く方も大変だったんですけど・・・」


 それに比べて、兵隊さん相手の雑用は兵隊さんが休めば仕事が休みになるので楽でした。


「リリア、あなたも資本家階級ですよ?」


「そうでした!」


 今やあたしは広大な泥炭を所有し、大勢の男達を顎で使う資本家階級です!

 まあ、やってることは金属の屑拾いで、泥炭も土地神様に全部あげてますけど。


「資本家って、思ったより儲からないんですね・・・」


 資本家階級って、もっとガッポガッポとポケットが金貨銀貨で破れるくらい儲かるものだと思ってました。


「原始的 デアル。改善 ガ 必要」


「なるほど」


 また文句を言っています。

 御柱様は、よほど軍艦の魔導蒸気推進機関が気に入らないようです。


「シカシ 歯車 ノ 荒イ 複製品 デアル」


「複製品?」


「それは・・・つまり御柱様は、この魔導蒸気推進機関の元となる機関をご存じということなのですか?」


「知ッテイル」


 また聖女様と御柱様がよくわからないことを言い始めました。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 その頃、王子は右腕の義手の仕込み銃を没収されて、城の一室に軟禁されていました。


 王族でなければ王を弑した罪で即座に死罪になるところですが、貴族達は王子をどのように政治的に処理すべきか決断できないために、放っておかれたのです。


 窓はなく、ただ一つの出入り口であるドアには兵士が警備についてはいますが、たったそれだけである、という言い方もできるでしょう。


「義手に仕込んだ刃物は、さすがに没収されたか」


 王子は返却された義手を弄りながらブツブツと呟きます。

 数時間前に父を殺したにもかかわらず、その表情はスッキリとして陰りがありません。

 本当の狂人というのは、傍目からは完全に正常に見えるのかもしれません。


「さて・・・そろそろ行動を起こすか」


 王子は失われた右目に左手の指を突き込むと、隠していた小さな鍵を取り出しました。


「王族が城の構造を知らんわけがなかろうが」


 暖炉の飾りの一部をずらすと、そこには小さな鍵穴があります。

 鍵を差し込めば、それは城外へ通じる隠し通路へとつながっているのです。


「魔女を討ち、王国を救えるのは私しかいないのだ・・・」


 通路の暗闇に、王子の空虚な呪詛が響きます。

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