第8話 神様への奉仕作業
魔導機械が喋る。土地神様が口をきく。
片方であっても、大変な事態です。
であるのに、土地神様の魔導機械が喋ったのです。
本国であれば異端審問官が竜車10台単位に満載で駆けつけてくることでしょう。
聖女様はともかく、あたしは拷問で証言を強要された挙げ句に二度と日の光を浴びることが叶わないに違いありません。
「念のために確認しますけど、聖女様のイタズラ、ではありませんよね?」
「ちょっと面白そうですけど、違います」
派手に転倒に巻き込んでしまい、まだ頭を振っている聖女様に確認しましたが、違うようです。
「でも、少し似ていましたわね」
そうなのです。
声こそ少し引っかかるような雑音が混じっていましたが、喋り方や言葉のタイミングが聖女様にソックリだったのです。
「・・・静かですね」
離れたところから土地神様を見やると、少しばかりしゅーしゅーと蒸気を立ち昇らせていますが、姿勢は低く口は開いたままで言葉を発する様子はありません。
「ひょっとしてハンドルを回さないと喋れないのでは?」
聖女様が右腕でハンドルをクルクルと回す動作をすると、土地神様がわずかに身じろぎしたように見えました。
「そう・・・かもしれませんね」
ずっと土の中に埋まっていたのですから、まだ本調子でなくて補助が必要なのかもしれません。
そういえば竜蹄鉄屋の杖をついたお爺ちゃん元気かなあ・・・
「ちょっと可愛くなってきました」
「聖女様のそういうところ、あんまり理解できないです」
慈愛にあふれたお言葉はおいても、この土地神様が困っているのだ、と考えると畏れの気持ちが少し和らぎました。
てくてくと近づき、クルクルとハンドルを回すだけ。
簡単な動作だったので、今度はうまく行きましたし、土地神様の口から出てくる音にも冷静に対処できた、と思います。
先ほどよりも声は小さく、耳を寄せなければ聞き逃すほどでした。
土地神様は、同じ言葉を弱々しく不安定な発音で繰り返していました。
「間違イ・・・ナイ。マギスチームエンジン・・・オ話。間違イ・・・なイ。マギスチームエンジン・・・ォ話。間違い・・・ナァイ・・・」と。
◇ ◇ ◇ ◇
「土地神様は何が言いたいんでしょうね?」
あたしのような平民出の小間使いには、全く手に負えない事態です。
それに引き替え、日頃はぼんやりした印象の眼鏡の聖女様は生き生きとしていらっしゃいます。
「ふふふ・・・ちょっとそうではないか、と思うことはあります」
「なんでしょう?」
「たぶん、土地神様は本調子ではないのです。お口の中に砂か石が詰まっているのかもしれません」
あり得る話です。
あたしも毎日のように出来る限り土地神様を磨いてきましたが、それはあくまで外側の鎧の話ですから。
「では・・・どうすれば?」
ふふん、と得意げに聖女様は胸をはりおっしゃいました。
「歯磨きをして差し上げましょう!」
「歯磨き・・・」
いちおう、理屈は合っています。
土地神様がうまく話せないのは口の中に砂か石が詰まっているから。
ならば口の中を掃除しよう。それは歯磨きという行為である。
自分では磨けないようだから磨いて上げましょう。
不自然な流れではありません。
歯磨きの対象が、あたしの数倍は高さがあって数百倍も重そうな巨大な金属の固まりであることを除けば。
◇ ◇ ◇ ◇
「っしゃーおらーーーっ!!」
聖女様に出していただいた聖なる水の木桶にざんぶと勢いよくつけた棒に、荒く布を巻いただけの「即席の歯ブラシ」を土地神様の開いた口の中に突っ込んでゴシゴシと擦りますと、黒い砂混じりの水が出てくること出てくること!
「うわーっきったねーっ!」
「こら!めったなことを言うのじゃありません!」
思わず吐いた暴言は聖女様から注意を受けてしまいました。
でも、汚れが落ちるとつい言いたくなるものでしょう?
聖女様の水は洗浄力も抜群です!
きっと土地神様にとっては、数十年か数百年ぶりの歯磨きです。
何となくですが嬉しそうにしているように見えます。
今後は土地神様にお水だけでなく歯ブラシもお供えして差し上げた方が良いかもしれません。
「この後はどうします?」
ゴシゴシと7度目の水を聖女様に換えていただき、あたしは歯磨きを続けながら予定をお訊ねしますと、意外な答えが返ってきました。
「蝋を用意しましょうか。確か持ってきた荷物の中にあったはずです」
「ろう?ロウソクにはまだ早い時刻ですが」
朝から掃除をしていたため、まだ日は十分に高いのです。
「機械の滑りには蝋を塗ると良いと聞きますわ」
「ドアの軋みを直すわけじゃないんですから・・・」
とはいえ、他に良いアイディアもないので聖女様に従うことにしました。
◇ ◇ ◇ ◇
大地はひび割れ、枯れ果てた麦の穂はパラパラと容易に崩れて風に飛ばされていってしまいます。
王国は本格的な乾期を迎えていました。
雨期の起きない乾期をそう呼んで良いのかはわかりませんが。
「もはや王国の農地でみずみずしい野菜や多くの水が必要な小麦を植えることは不可能です。乾燥に強い作物に植え替えなければ大変なことになります」
現場で農地の窮状を訴える心ある下級役人の陳情は上層部に伝わることはありません。
「雨が降らない責任」を追求する政治的な駆け引きが激化していたからです。
「自然を従えるなど無益なことをせずに、まずは対策を・・・」
そんな当たり前の声が届くほど、王国政治の世界は甘くないのです。
まずは貴族社会で政治的に生き残ることが第一です。
農民向けの対策はその後なのです。
忙しない人間の営みを見下ろすかのように、太陽は今日も力強く王国の大地を照らしています。
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