第23話 冒険に行こう

 その思いつきは、いつものように下流から羊さん達を乗せて遡上してくる舟を見ている時にやって来ました。


「そういえば、川の上流ってどうなっているんでしょう?」


 川の下流があるのだから、上流もある。

 そんな当たり前のことにも、最近は驚くことがありすぎて思い至らなかったのです。


 流木が流れてきたからには上流には燃料となる樹木が生えているのかもしれません。

 早速、聖女様に思いつきを相談してみると


「どうかしら? それなら流木は枯れ木ではなかったでしょうし・・・」


「そういえば、全部が枯れた木でしたね」


 思えば、あたしが川原で見つけた流木は、どこの枝にも葉がついていない木ばかりでした。

 てっきり強い水に流されているうちに落ちてしまったもの、と思っていましたが、元から枯れ木で葉が落ちていたのかもしれません。


「どちらにせよ、一度行って確かめる必要がありますね」


 幸いなことに羊の運搬船は羊が放牧されている期間は川から陸上げされていて使われている様子がありませんから、交渉の余地はありそうです。


「・・・というわけで、上流に何があるか見に行きたいのですけど」


 羊飼いのおじさんに話を持ちかけると、あたしが護衛として乗り込むなら、という条件で許可をしてくれました。


「任せて下さい!何が襲ってきても、あたしの王国小銃キングスライフルが火を吹きますよ!」


「リリアったら。頼りにしていますよ」


 あたしは「危ないから」と止めたのですが、なぜか聖女様もついてくることになってしまいました。

 聖女様がいると飲み水に困りませんから野営の可能性を考えれば同行は大変にありがたいのですが、勝手に神殿から離れては王国の追放令に反するのでは・・・?


「バレなければ大丈夫です」


「あ、はい。そうですね」


 聖女様がそう仰るのではあれば、侍女としては否やはありません。

 バレなきゃいいのです。


「そういえば、王国から監視の役人が来ませんね」


「王国の方でもいろいろとあるのでしょう。私たちには関係がありませんが」


「そうですね」


 もしも文句があるのなら、砂漠を越えてここまで文句を言いに来ればいいのです!


 ◇ ◇ ◇ ◇


「川というのは遡るに従ってだんだんと細くなり、最後は無数に枝分かれした糸のように細いせせらぎのわき水に行き着くものです」


 と、出発前に聖女様は豊富な知識から説明をして下さいました。


 今は4分の1マイルはありそうな幅広い川も、上流に行くに従って舟を捨てて歩かないとならない事態がありえる、ということです。


「ただ、私たちの目的は流木の出所を見つけることですから、そこまで川を遡る必要はありません。舟で上れなくなったら、そこまでとしましょう」


「はい、聖女様」


 こうしてあたし達は川の上流探検の冒険に出発したのです!

 そもそも王国を追放されて以来、ずっと冒険をしていたような気もしますけど。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ところで、聖女様には特技があります。


「聖女様、お願いします」


「はい、任されました」


 聖女様が両手を合わせると聖なる水があふれ出します。

 その水を舳先にかけると原理はわかりませんが舟の速度がぐんと増すのです。

 たぶん舟全体に何かの祝福がかかるのか、あるいは水が聖女様の意を汲んでくれるのでしょう。


「こりゃすごい!さすが聖女様々だ!神殿に住んでらっしゃるだけのことはありますな!!」


 舟を漕ぐ羊飼いのおじさんは大喜びです。


 そうしてぐんぐんと風を切るような速度で舟は上流へと遡っているわけですが、一時間以上遡っているというのに、一向に川幅が狭まる様子がありません。


「聖女様のお力、ものすごいですね・・・この分ですと何百マイルも先まで雨が降っているんじゃないでしょうか」


「かもしれません。いずれにせよ雨は私が制御できるものではないので」


「確かに」


 雨の降る範囲や頻度を制御できるほど聖女様が器用だったら、そもそも王国から追放されるはずもなかったのです。


 川沿いの光景は、ある意味で神殿の近くと同じで川辺は青々とした丈の高い草に覆われて視界が良いとは言えない状態です。


「木は・・・生えていませんかね」


「そうですね・・・ちょっと川からだと見えづらいですね。こんな時、土地神様がいらっしゃると肩に乗って遠くまで見えるのですけど」


「あたし、あの岩に登ってみます」


 川の途中に大きく突き出た岩があります。そこから見れば、何かわかるかもしれません。


「気をつけるんですよ」


「大丈夫です!あたし木登りとかには自信がありますから」


 ロープをかけて登りますと、川からは見えなかった岸から先の様子が一望できました。


「何が見えますか?」


「うーん・・・沼?でしょうか。枯れ木が見えます」


 生きている木は生えていませんが、泥沼に枯れ木が倒れ込んでいるのが見えます。


「泥沼ですか。少し厄介ですね」


「そうですね。底なし沼の可能性もありますし、服も汚れちゃいます・・・」


「・・・ちょっと思いついたことがあります。リリア、泥をひとかたまり掬ってきてもらえますか。量は要りませんが、なるべく深くまでザックリと」


「うーはい。ご命令とあれば」


「リリア、ちょっと足を出して下さい」


 あたしが浅い編み上げブーツを出しますと、聖女様は水をかけられました。


「これで少しの間は泥に沈まないでいられるでしょう。お願いします」


 あたしが川辺から沼地へおっかなびっくり踏み出しますと、たしかに足が泥に沈まないのです!すごい!


「聖女様!すごいですよ!足が浮いてます!」


「リリア、沈まずの効果は水が乾くまでしか続きませんから、素早く作業した方がいいですよ」


「あ、はい!それにしても、この泥が何なんでしょうね。ちょっと黒ずんで変な感じではありますけど」


 スコップで出来るだけ深く掬って持って行きましたところ、聖女様は難しい顔をして泥を用意の布袋にしまいこみました。


「リリア、沼地はどれくらい続いていましたか?」


 あたしは見たとおりに答えます。


「沼地ですか?そりゃあもう、何エーカーあるかわからないくらい、ずっと黒い沼地でした!ほとんど見渡す限り、です。あれじゃあ畑にもできないし放牧にも向かないし。ほんと、困っちゃいますよね」


「そうですか・・・後で試験してみないとわかりませんが、これはピートかもしれません」


「ピートって何ですか?」


お野菜のような響きです。


「そうですね。都市部の住人は知りませんよね。ピートとは泥炭のことです」


「でいたん?」


「でいたんとは、泥の炭の意味です。立派な燃料です。地方によっては乾かした泥炭で煮炊きをしている家庭もありますよ」


「それって・・・」


「つまり燃える泥です。それも使いきれないほどの量があるでしょう。おめでとう、リリア。土地神様に良い報告ができますね」


「・・・はい!」


「リリア、泥の付いた手で顔をこするとヒドい顔になりますよ」


「聖女様も、泥んこまみれですよ!」


 あたし達は互いの泥だらけの顔を笑いあった後、聖女様の水で顔を洗い、川を急いで下ったのです。


 土地神様に一刻も早く素晴らしいニュースを届けたかったので。

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