第27話 うねりの行く先は

「とにかく、南へ行こう。この土地はもうダメだ」


「戦争で勝ち続けている王子様の処までたどりつけば、雨の降る土地がもらえる・・・」


「兵隊にとられた息子に会えるかも・・・」


 王国でも特に酷い干魃に襲われた村から、たった十数人が港を目指して歩き出した流れは、小さなせせらぎが合流して小川となり、小川が合流して大河へと成長するように、あれよあれよという間に、数千とも数万ともわからない巨大な人の流れへと変わりました。


「あの人の流れは何だい?」


「知らないのかい?王様が土地をくれるんだってさ」


「へえ!そいつはいいね!こんなカラカラに干上がった土地を耕してもどうしようもない!いっそついて行ってみるか」


 その変化があまりに急で激しかったために、領地を統治する貴族も、街道を監視する衛兵達も事態を把握したのは、土地を捨て去った農民達の巨大な群れが眼前に顕れ、領地を隔てる柵や、街道の関所など、全ての施設を津波のようになぎ倒していってからだったのです。


「い、いったいこの人の波はなんなのだ・・・」


「わかりません・・・なにが起きているんでしょう・・・」


「隊長、とめますか?」


「バカやろう、とめるったって、これだけの人数を俺たちだけでどうやって止めるんだよ・・・」


 不幸中の幸いであったことに、貴族も衛兵も人の数の多さに圧倒され手元の武器を発砲することを忘れたために王国人同士で血が流されることはありませんでした。


 若い男達は根こそぎ兵士として連れて行かれてしまったために、暴力に訴える者達が農民の中に少なかったことも結果として流血沙汰の回避につながったのかもしれません。


 もし、農民達の群れに錯乱した貴族や衛兵が一発でも銃弾を浴びせてしまっていたら、それを切っ掛けに王国は内乱と革命の渦へと転落していったかもしれません。


 革命は多くの血と財産を破壊し、結果として農民も貴族も全ての国民を不幸にします。

 その夜の王国は、まことに運が良かったのです。


 とはいえ、大勢の農民の移動はまことに由々しき事態です。

 世界を征した王国の内に、大量の難民が出現したということだからです。

 古来より、国民を食べさせることができなかった政体が長続きした事例はありません。

 その意味で、王国の存続に明白な危険信号が表れたのだ、ということも言えます。


「陛下!貴族達が面会を求めています!」


「大臣!いったい何がおきているのか!説明しろ!」


 ようやく事態の重大さを把握した王国首脳部は大混乱に陥っていました。

 領地から領民が流出した大勢の貴族達が個別に王宮へ請願に押し掛けていたからです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「土地神さまー、具合はいかがですかー」


「問題ナイ」


 海賊船を改装して泥炭を運ぼう計画(命名は聖女様)は順調に滑り出しました。

 船を引っ張る力に耐えられるロープをなうのだけは苦労しましたが、空の船はとても軽く土地神様のお力であれば問題なく川を遡上できたからです。


 聖女様とあたしは太い縄が結ばれた運搬船の先端に陣取て、聖女様はお水を舳先からかけ続け、あたしは聖女様に特製お肉とチーズたっぷりのサンドイッチと紅茶を給仕しています。


「聖女様、紅茶のおかわりはいかがですか」


「そうね。いただこうかしら」


 聖女様の片手は常に水を注ぐためにふさがっておりますから、空いた片方の手でサンドイッチをつまみ、また持ち替えて紅茶を飲むという大変に器用な真似をなさっておられます。


 やや呆れつつも感嘆して眺めておりますと


「サンドイッチはこうやって食べるのが正しいのよ」


 と、やや言い訳がましく急いで残りのサンドイッチを飲み込まれました。


 土地神様が力強く川岸を踏みしめてグイグイと力強く船を引っ張ってくれているのを左舷に見つつ、聖女様の手のひらからトクトクとこぼれ落ちる水音は耳に優しく、川面をわたる涼やかな風と合わせて、まるで王国の景勝地へ行楽に来たかのように感じられます。


 聖女様も同じように感じられたのでしょう。


「穏やかですね」


「そうですね。新しく海賊も来ませんし」


「それは、私のリリアが、あれだけあっさり返り討ちにしたんですもの。怖れをなして、しばらくは来ないでしょう」


「・・・ここの来た海賊は、たぶん生き残りはいないと思いますが」


「羊飼いさんが様子を見ていたでしょう?きっと今頃は地元に戻って部族の人達に大げさに話を吹聴していますよ。神殿には守護者がいる!とか評判になるのもすぐですよ」


「それはちょっと恥ずかしいです・・・」


 先日の海賊達は地元の乱暴者が群れた程度の素人の寄せ集めに過ぎませんでしたし、明らかに油断がありました。

 訓練された王国の軍人が装甲魔導蒸気機関推進式船にでも乗り組んで遠距離から大砲を打ちかけてきたら、手元のボルト式小銃アクションライフルだけでは撃退できなかったでしょう。


「そんな状況を何とかできる人間はいません」


「そうでしょうけれども、あたしは聖女様の侍女ですから」


「リリアは真面目ですね」


 他愛ない話をしているうちに、ようやく先日見つけた泥炭の池が見えてきました。


「さて!リリア、ここは頑張らないといけませんよ!」


「はい!聖女様!」


 事前に手順は決めてあります。

 最初に土地を整地して泥炭を積み上げる場所を造成します。


 船の輸送力に限界があるので出来るだけ泥炭の良い部分だけを選んで可能ならば水分を飛ばして軽くしてから積み込みたいからです。


 そうして、泥炭を掘って掘って掘りまくって、なるべく沢山の泥炭を持ち帰るのです!


 ピラミッドの地下の大きな歯車の柱を動かすことができたなら、土地神様もきっと喜んでくれるに違いありません!

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