第26話 最後の希望

「海賊さん達、けっこうため込んでたんですねー」


「商船かどこかの村か街を襲撃した帰りだったのかもしれませんね」


 樽に詰まった腐った水やしなびた野菜だけでなく、船長室の金庫には宝石や黄金の宝飾品に加えて王国金貨や銀貨などのお金もありました。


「海賊の退治って、お金になるんですねー」


「では仕事に困ったら海賊狩りに転職しましょうか」


 これだけの財産があれば、まだしばらくチーズやお肉に困らないでしょう。


 ただ、貨幣がどれだけあっても、食べ物と換える以外の使い道がこの土地ではないのですが。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 今日は、先日鹵獲した海賊船の清掃と改装の準備をしています。


 船は川に停泊させたままでは何かと作業に不便なので、少しだけ土地神様に地面を掘って簡単なドックをこしらえてもらい、土地神様に力付くで海賊船を陸揚げしてもらいました。

 土地神様すごい力持ちです。


「うわー。きったなーい!」


 海賊船を探検していて閉口したのは、その汚さです。


 海賊さん達は掃除ってものが嫌いだったようで、食料庫や寝室の汚れ具合と来たらもう!

 臭すぎて目に沁みます。迂闊に中に入ったら虫に刺されたり病気になりそうです。


 でも大丈夫!私達には土地神様がついています!


「お願いします」


「理解シタ」


 シューーーーッと土地神様が高圧の蒸気を吹き付けると、壁や床の汚れがあっという間に落ちていくのです。聖なる水を高温蒸気にして吹き付けているわけですから、病気や虫、それに海賊の亡霊だって綺麗さっぱり全滅です!

 脂で薄汚れた板材も、みるみる新造船のような輝きを取り戻していきます。


「船の牡蠣殻も落としちゃいましょうか」


「理解シタ」


 海を航海した船の船底には牡蠣殻と呼ばれる海の貝やフジツボなどの生物がビッシリと張り付いています。聖女様によると、牡蠣殻を放置していると船の航行能力を落としたり船底に穴が開いたりするそうです。

 牡蠣殻を掃除するのは船員にとっても大層な重労働だとか。


 でも大丈夫!私達には土地神がついています!


 シューーーーーッと土地神様が高圧蒸気を吹き付けるのにあわせて、棒でガリガリ船底をこすると面白いように牡蠣殻が落ちていきます。

 船底の板材もあっというまに元の綺麗な色を取り戻します。


 海賊退治をするよりも、港町で土地神様と一緒に船の掃除をする方が楽しく暮らせるかもしれません。


「船を引っ張るロープは帆船のロープを外してまとめれば十分そうですね」


「はい!」


 帆船というのは、とにかくロープが多いものなのです。帆を張る、しまう、動かす、舵を切る、錨を巻き上げる。船を動かす全ての動力にロープが使われているのです。

 帆船は木と帆布とロープで出来ている、と言っても言い過ぎではないかもしれません。


 ですが、この悪いことに使われてきた帆船は二度と外洋を渡る必要はありません。

 帆布は外されてあたし達の生活道具に。ロープは太い縄にまとめられて土地神様が引っ張るロープに生まれ変わるのです!


「聖女様、マストと甲板はどうしましょうか?」


 この海賊船はこれから短距離を牽引される川の運搬船になるわけで、重量軽減だけを考えれば余計な装備であるマストや甲板は取り外してしまいたいところですが。


「私も船のことは詳しくないので、壊すのはやめておきましょう。バランスがおかしくなって転覆しても困りますし」


「そうですね」


 あたし達には大工道具などもないので、基本的には土地神様にお願いして作業してもらうことになります。

 土地神様の腕力で船のマストを引き抜いたり甲板を剥がしたりすると船体が壊れてしまうかもしれません。


 多少の苦労はありつつも、聖女様とあたしは土地神様のために何かをする実感というものを楽しんでいたのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「雨が降らない・・・いったいどうなっているんだ」


「今年の麦は全滅だ。芋もダメだろう」


 雨が全く降らなくなった王国では、いよいよ農地の乾燥が深刻な水準になってきていました。どれだけ国や役人が「心配ない」と根拠のないプロパガンダを連呼しても、乾いてひび割れた大地と農民がかかえる空腹という現実をごまかすことは出来ません。


「父ちゃん・・・頑張って戦ってるかな」


「うちの息子も無事だといいのだけど・・・」


 男手の多くが兵隊に取られたため、農村に残されているのは女子供や老人ばかりとなっています。

 彼らの最後にすがる希望は、王子が主導する「戦争で隣国の農地を手に入れる」ことです。その約束のために大事な夫や息子を連れていったわけですから。


 最近も「王国は緒戦を華々しい勝利で飾った」という知らせがあったばかりです。

「今日も勝った。昨日も勝った」勝利の報告が毎日のように届きます。


「きっとすぐにも隣国の首都を制圧して獲得した農地を分けてくれるに違いない」


 それが彼らの希望です。

 素朴な彼らは王国と王子を信じています。

 信じざるを得ないのです。


「農村の収穫が問題ない」という王国の発表が嘘なのだから

「隣国との戦争で勝利している」という知らせも嘘なのではないか?

 と疑う者は多くないのです。


 王国を疑うには、彼らはあまりにも多くのものを王国に捧げているのですから。


 王国の国民はジリジリと乾いていく大地と飢えに耐えながら、もうすぐ隣国からもたらされるはずの勝利の報告を待ち続けています。


 その中で飢えと乾きで耐えきれなくなった一部の者達は、ひび割れた畑を打ち捨ててゆっくりと港へと列をなして歩き始めたのです。

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