第25話 お礼と献上品

 海賊達を撃退し、腰が抜けた羊飼いのおじさんにも手伝ってもらって掃除だの何だのをを済ませた、聖女様あたしが神殿に戻って土地神様に最初にお願いしたこと。


 それは「お湯をわかすこと」です。


「ああ、お風呂って気持ちいい!」


「すっかり泥で汚れちゃいましたからねー」


 聖女様が造ってくださる奇跡の水に、土地神様が熱い蒸気を吹き込むという「畏れ多い × 畏れ多い」のコンビネーションで沸かしていただいたお風呂の贅沢で気持ちの良いこと!


 泥と硝煙と血の臭いで汚れた身体が、生まれたての赤ん坊のようにぷるぷる肌で綺麗になっていくのが感じられます。

 いえ、注がれている奇跡の量を考えると実際に肌が若返っているのかもしれません。


「ついでに服も綺麗にしてもらっても良いでしょうか?」


「理解シタ」


 土地神様がシューッと高温の蒸気を吹き付けると、大きな物干しにかけた泥だらけの服があっという間に綺麗になっていきます。何度も見ても感動します!すごいです!


「土地神様のお力って、本当にすごいですねえ・・・」


「ずいぶん言葉に実感がこもってるわね、リリア」


「それはそうですよ!だって、こんなすごい力があったら、どんなお貴族様のお屋敷でも引っ張りだこですよ!冬場の洗濯とアイロンって、ほんと大変なんですから!」


「今は難しくても、魔導蒸気機関が普及したら貴族家には蒸気で掃除する道具がきっとできるわよ」


「そうですかねえ・・・夢みたいな話ですね」


 聖女様は不思議でとらえどころのない人です。


 先の海賊達に対した時のように現実的で冷静な判断をしたかと思えば、まるで夢やおとぎ話の世界に生きている人のようなことを言ったりします。


「そうだ!聖女様、あの海賊船はどうなさるんですか?土地神様へのお土産、ということですけど」


「あらあら。リリアったらせっかちね。ちょっとお風呂から上がって服を整えてから土地神様を交えてお話ししましょうか」


 と、いうわけでお風呂は1時間程度で切り上げて、土地神様を交えてご飯を食べながら一連の報告をすることになったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 食事兼報告会の冒頭、聖女様は深々と頭を下げられて土地神様への感謝を申されました。


「土地神様、わたし共から贈り物がございます。受け取っていただければ幸いです」


「オクリモノ・・・」


「献上品と取っていただければ幸いです。私と侍女がこの地に送られて以来の数々のご恩、本当に感謝しています。この地に住まわせていただいていること、軒を借りて神殿に住まわせていただいていること、お風呂に食事に掃除に私共の卑近なお願いに快くお力を貸していただけていること・・・私達が国を追われたにも関わらず健康で楽しく暮らしていられるのも、ひとえに土地神様のお力の賜物でございます。

 とはいえ、私どもも忘恩の徒ではございません。常日頃から示していただいた土地神様のご好意に対し何とかご恩の一部なりとをお返ししたい、と憂いておりました。

 そしてこのたび、そのご恩の一部をお返しできる機会を得たことを嬉しく思っております」


 聖女様の立て板に水を思わせるスラスラと述べられる挨拶に圧倒されて、あたしがぼーっとバカみたいに立っておりますと


「ほら、リリアから話しなさい」と促されました。


 あたしは慌てて跪き土地神様に精一杯の敬語で申し上げます。


「最近、土地神様に差し上げる薪が少なくなって、とても申し訳なく思ってました。それで聖女様とあたしで新しくできた川の上流を登ってみたんです。川で流木が見つかかってましたから、うまくすれば森とか枯れ木の林とか見つかるかなって・・・それで、今回は泥炭というのを見つけたんです。よく燃える泥の炭です。それも何エーカーあるかもわからない、とても広大な炭です。あたしにはとても使い切れません。それで、お世話になっている土地神様に差し上げたい、と思ったんです」


 事前に用意していた言葉もいざとなると全部どこかへ吹っ飛んでしまって、息切れをするように一挙に喋ってしまいました。もう少しうまくやれるつもりだったんですけど・・・


「それであのう・・・受け取っていただけるでしょうか」


 土地神様はあたしを見下ろして、うなずいたように見えました。


「泥炭ノ土地ヲ受ケ取ロウ。感謝スル」


「ありがとうございます!これで地下の大きな時計も動きますね!」


「トケイ・・・」


 どう表現したものか、単語の選択に少し困った様子の土地神様なのです。


「リリア、あれは時計ではありませんよ。もっと高度な、想像もつかないくらい高度な計算機械です。それで土地神様、献上品はもう一つあるんです。ただ、土地神様にも協力をいただかないといけませんが」


 そうです!今日の本題は海賊船です!


「聖女様は、結局あの船をどうされるおつもりなんですか? まさかバラして薪にするとか」


「そんな勿体ないことはしませんよ。あれは荷車です」


「荷車?」


「そうです。あの船を改造して泥炭を一杯に積めるようにします!そして、あの池と神殿を何往復もすれば、地下の仕掛けを動かすだけの量をあっという間に集められるでしょう!もちろん、土地神様にご協力をいただかないといけませんが・・・」


 聖女様がチラリと土地神様に視線をやりますと


「協力スル」


 との快い返事をいただけたのです。


 聖女様の説明によれば、具体的には


「土地神様には縄で陸から船を牽いていただきます。船には私が乗り込んで動きやすいようにします。ただ、泥炭を掘り出して積み込むところは土地神様にお願いする形になってしまいますが・・・」


 聖女様のお力があれば土地神様は沼に沈まない。そして土地神様のお力であれば泥炭を掘ることなど雑作もないわけで。

 土地神様の燃料となる泥炭は周囲にありますし、水は聖女様が供給できるのです!


「さすが聖女様!すごいです!お二人が力を合わせれば泥炭の収集もあっという間ですね!」


 飛び上がって手を叩いて喜んでおりますと、聖女様は優しい目をであたしの頭を撫でられました。


「リリア。船を用意したのはリリアです。あなたは私の立派な自慢の侍女です。誇っても良いのですよ」


 あたしはもう胸がじいんとなって、目には涙が浮かんできて仕方がなかったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 王国の戦争は事前計画から遅れをみせています。


 隣国の奥深くまで単独で攻め行った王子の軍団は、逆に包囲され壊滅寸前のところを、将軍が率いる軍団の救援が間に合って辛くも窮地を切り抜くことができました。


 それでも失った人員と装備の損害は大きく、本国からの補給が必要です。


「全くなんと言うことだ!そもそも貴様等、他の軍団の進軍が遅いことが原因なのだ!」


 作戦会議のテントで王子は他の貴族や指揮官達を強く叱責します。

 貴族達は表だって反論はできません。

 略奪に夢中になり過ぎて軍団が統制を失い進軍が遅れたことは事実だからです。


 将軍は「そもそも兵卒の食料を軽視した杜撰な作戦計画が根本の原因では?」と言いたくなるのを我慢しています。

 反抗して更迭されてしまえば、指揮官達は軍事の素人だけになってしまいます。


 勝ち続けている間は、素人でも勢いで勝つことができます。

 ですが、王国もいつかは敗北することがあるかもしれません。


 その負けが致命傷とならないよう、専門家として将軍は指揮権を発揮できる立場に居続けなければならないのです。


 偉大な王国の存続のために。

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