第30話 栄光への道は砂漠に消えて

本日1話目


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 王子から水の聖女の捕縛を命令された貴族は、とても張り切りました。

 何しろおべっかと追従が得意の幇間貴族ですから、侵略戦争では将軍の悪口を聞こえるように言うぐらいしか役立つ場面がなかったのです。


「命に代えましても命令を果たして参ります!」


 政治的なパフォーマンスに過ぎませんが、出立にあたっては見送りの高官達へ大仰に腰の剣を抜いて騎士の誓いのポーズをしてみせたものです。


「王子は私に手柄を立てさせようとしてくださっているのだ!」


「しかし仮にも聖女様と呼ばれるお方。そのように簡単にいかないのでは・・・」


「馬鹿者!たかが女1人に何を怯えるか!貴様の銃は飾りか!」


 貴族は無知蒙昧な兵卒を叱責します。

 貴族の主観では、例え巷で聖女などと呼ばれて多少の不思議の技を持っていたとしても、所詮は「か弱い女1人」。軍船で乗り付けた王国小銃を揃えた王国兵士100人からの一個大隊にかかれば、ただの捕縛任務に過ぎないはずでした。


「それにしても辺鄙な場所に逃れたものよな。なんと姑息な」


 事前の調査によれば聖女が追放されたのは、王国が植民地戦争で勝利し賠償の一部として領土の割譲を受けたものの岩と砂だらけの使い道のない乾燥地帯にある朽ちかけた修道院に過ぎません。


「砂ばかりの土地というのは忌々しいが、飲み水だけはしっかりと持って行かねばなるまい。隠れ場所がないのは手間が省けて良いがな」


 砂ばかりの土地、その意味は自然豊かな土地と異なり隠れる場所などない、ということです。

 例えば森林豊かな土地であれば森の中に身を隠されれば発見に時間がかかる可能性もありますし、草原地帯であれば火をかけられるなどの計略に合う可能性もあります。


「我々がするべきことは、堂々と行軍し、小細工を許さずに銃の筒先を揃えて迫り、ただ女1人を捕縛する。それだけにすぎん」


 寡兵によるゲリラ戦的な小細工が利きにくい、大軍に有利な土地なのです。

 であれば、人数差がそのまま戦力比となります。


「問題は捕らえた後だ。せっかくの手柄を奪われてはかなわん。最大限に活用しなくては。王子に最速で報告を届けるのは良いが、本国への配慮も欠かしてはならん・・・」


 100対1の戦力比であれば、貴族が「すでに捕縛はなったもの」として、今後の宮廷での立ち居振る舞いなどの政治的計算に思いを致すの油断しすぎとの非難は難しいでしょう。


 貴族は、今回の手柄を如何に王国宮廷での栄達に活かすか。

 輝かしい想像上の己の将来像を妄想で磨くのに懸命であったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 貴族の栄光への道への蹉跌は、ちょっとした違和感から始まりました。


「なんと。寂れた漁港と聞いていたが、思ったよりも活況を呈しているではないか」


 貴族は水の聖女が追放されたのと同じルートをたどり辺地の修道院へ行軍するつもりです。

 魔導蒸気機関船では喫水の関係で難しいため帆船へ乗り換える必要があるのです。


「何十と帆船がいるな。これほど豊かな土地であるとは聞いておらんが・・・」


 その乗り換え中継地となっている河口の漁港に多くの船が出入りし非常に賑わっているように見えます。

 もちろん王国の主要港とは比べものになりませんが、それでも入港待ちを含めて帆船が何十と出入りしているものですから、荷揚げや荷下ろしに従事する水夫や、帆船の水先案内人を載せた小型ボートも入り交じり大変な活気です。


「けしからんな。王国への徴税と賠償を逃れるために報告を謀ったか」


 もちろんそれは貴族の誤解なのですが、その誤解を糺す人間は周囲にはいません。

 報告書に記された通り、港は聖女が追放された際には全くの寂れた田舎の漁港に過ぎなかったのです。


「とにかくさっさと船を横付けにしろ!命令である!」


 気の短い貴族の命令に従って王国軍船は他の順番待ちの帆船達を蹴散らすようにして港へ向かいます。


「うわっ、わりこんできやがった!なにしやがる!」


「危ねえ、ぶつかるぞ!」


 港の入港待ちの船達から非難と悲鳴があがりますが、貴族はそもそも順序を守る意識がありません。

 魔導蒸気機関を積んだ軍船は帆船のように港付近で他の船に牽いてもらう必要がありませんし、鉄で装甲された船体は他の木材の小舟との衝突など気にもかけないだけの堅牢さを誇るからです。


 気の毒な小舟を数隻押しつぶして、軍船は無理矢理に入港します。

 ひっくり返された船に乗った者達は、王国の旗を掲げた巨船を恨めしげに睨んでいました。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 下船した貴族が最初に向かったのは、港の役人の詰め所でした。


 そこには王国の役人が滞在し、港の積み卸しの記録と聖女の監視報告を定期的に王国へ送っているはずだったからです。


「なぜ連中はおらんのだ!」


 しかし、たどり着いた詰め所は空でした。


 正確には王国の役人に雇われた文字が書けるだけの現地の人間が数人おりましたが、王国語も話せず通訳を介さないと意志疎通ができないのです。


 おまけに上司がいないのを良いことに買収でもされたのか、ろくに記録もつけず昼間から飲酒しているありさまです。


「いったい何が起きている!!」


 激高した貴族が剣を抜き脅しつけて聞き出したところ、役人達は半月ほど前に神殿へ視察に行ったまま帰ってこない、ということがわかりました。


「現地の盗賊にでも襲われたか・・・?」


 現地での王国人の評判は良くありません。


 本国の威光を笠に着て肩で風をきる癖に、ろくに仕事をせず賄賂を取るのだけは一人前。

 そんなクズ役人が僻地には蔓延していたからです。


 今の港が活況を呈しているのも、地域が急激に豊かになったことに加えて、皮肉なことに王国のクズ役人が不慮の事故で一掃されたことが一因でもあるのでした。


「まあ良い!水を補充して奥地に向かうぞ!」


 部隊の補給を担当する兵士は妙に相場の安い水樽に首を傾げつつも、差額を懐にいれるため上に報告はしませんでした。


 そうして貴族達は100名を越える兵士達で水の聖女の捕縛へと向かい ーーーー その消息を絶ったのです。

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