第58話 詰める積める爪る

本日3話目

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「回答 シマス」


 と、唐突に土地神様がおっしゃりました。

 いいえ、違いますね。


 この感じは御柱様です。

 御柱様が土地神様の声を借りて話しているのです。


 ちょっと説明しにくいのですが、御柱様は土地神様よりも強い言葉で理屈っぽい喋り方をします。

 あたしは密かに聖女様に似ていると思っているのです。


 土地神様はその点、少し言葉数は少ないのですが、あたしには何となく言いたいことがわかるのです。感覚派、というのだそうです。


「はい、伺います」


 あたしがおたおたしている間に、聖女様がしっかり受け答えされています。

 やはりこの二人、息が合っています。


「加工芋 ヲ コンテナタンク ニテ 運ブコトヲ 提案スル」


「コンテナタンク?」


 初めて聞く言葉です。


「御柱様、コンテナタンクとは何でしょう?」


 あ、聖女様でも知らないんだ。

 良かった。


「特別ニ 設計シタ 鉄ノ筒デアル」


「なるほど」


 鉄の筒!それならあたしにもわかります。

 それに加工した芋を詰め込んで運べば痛まずに遠い処まで持っていける、ということですね。

 鉄の樽みたいなもの、と想像します。


「加工芋ヲ 詰メテカラ 空気ヲ抜ク。長持チスル」


 だんだんわからなくなってきました。

 空気を抜く?空気って抜けるものなんですか?


「聖女様、わかります?」


「王国の海軍は長期間の航海に向かう際に魚を漬けた樽を塩水と油漬けにすると腐りにくい、ということを聞いたことがあります。似たような働きが期待できるのかもしれません」


 珍しく聖女様の説明にキレがありません。

 少し説明に困っているようです。


「試作品ヲ 造ッタ」


 土地神様が神殿の奥からカラカラと大きな金属製の筒を引き摺って持ってきました。


 あたしはずんぐりした樽のようなものを想像していたのですが、少し形は違いました。

 もうすこし細長く、そうですね、まっすぐな腸詰めのような形といったら良いかもしれません。


 腸詰めに挽肉を詰めるように、コンテナタンクという鉄筒に加工芋を詰めるイメージなのでしょうか。


「マズ 芋ヲ 詰メル」


 試運転ということで、神殿にあった野菜をコンテナタンクに適当に放り込み、土地神様がガチャリと鉄の蓋を閉じます。

 腸詰とコンテナタンクの形の違いは、一方に小さな回しハンドルのようなものがついていることです。


「蓋ヲ 確認スル」


 土地神様がきゅいきゅいと金属音を立ててハンドルを回しています。

 ずいぶんとしっかり締めているように感じます。


「空気ヲ 抜ク」


 ぷしゅーっという、今まで聞いたことのない音が土地神様とコンテナハンドルが接した場所から聞こえてきます。

 何となく、蒸気大砲を充填した時の音に似ていた気がします。


「食ベル時ハ ハンドルヲ 回ス」


 土地神様が再度ハンドルを回すと、きゅおおおん、という笛を吹くような音がハンドル近くから発せられました。


「完成」


 そう言い終えたときの御柱様は、表情をうかがうことはできませんが声の調子は大変に得意そうであったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 聖女様は、一連の御柱様のデモンストレーションをぽかんと口を開けて見ていましたが、終わるや否や猛烈な勢いで質問を始めました。


「あれは・・・つまり空気を抜いたんですね?」


「空気がなければ食物の毒は発生しないということですか?」


「コンテナタンクには熱を加えるべきですか?また加えても大丈夫ですか?」


「空気を抜いたコンテタンクは潰れないのですか?」等々。


 その様子は、聖女というベールを脱ぎ棄てた獣の如く、まことに鬼気迫るものがあります。

 しかし御柱様は知的に飢えた狼の如き聖女様の形相に一歩も引くことなく、質問に対しても淡々と応えておられるのがとても印象に残りました。

 まあ、あたしには答えも含めて、ほとんどよく理解できなかったんですけど。


 ちょっと様子が怖かったのと小腹も空いたので、土地神様からいただいたスモークチーズをもぐもぐと齧りつつ、聖女様と御柱様の達人同士が斬り合うかのような問答を遠目から座って眺めていたのです。


 燻製チーズ美味しいです。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ばしゃり、と暗闇で温かい液体に顔を濡らされたとき、兵士は同僚の悪戯だと思ったのです。

 なぜなら兵隊達というのは退屈になると、すぐにこの手の性質の悪い度胸試しのような悪戯をしかけるものだからです。


「おいおい、きったねー泥をかけるなよ。くっせーな」


 兵士が顔を手で拭うと、ヌルりと手が滑りました。

 その、どうしようもない生臭さと鉄臭さ。

 兵士はようやく顔を濡らした大量の液体の正体を悟り、叫びました。

 いえ、叫ぼうとしました。


「・・・っ!」


 しかし気管を縦に切り裂かれた兵士の喉は既にその用をなさず、ひゅーひゅーと出来損ないの断末魔を数秒慣らしたあとで、静かになりました。


 暗闇に潜む「なにか」は数人の兵士を瞬く間に処理すると、足音ひとつ立てずに立ち去っていくのでした。


 なにしろ、その「なにか」が切り刻むべき対象は何千という単位で縄張りを徘徊しているのですから。


 その「なにか」は数百年、ひょっとすると数千年ぶりに充実と快楽に満ちた時間を過ごせそうな予感に歓喜し、暗闇でわずかに身震いしたのです。

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水の聖女と蒸気の鉄人 ダイスケ @boukenshaparty1

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