第34話 不吉な響き

 本日5話目です


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 海軍の実力をどのように数えるか。


 歴史的には様々な尺度が考案されてきましたが、現在の王国では「最新式の魔導大砲を何門積むことができるか」が、そのおよその尺度となっています。


 魔導大砲を2門積める沿岸警備船よりも、魔導大砲を10門積めるスキッパーは5倍強い。

 魔導大砲を100門積める魔導蒸気機関推進式戦列艦は、スキッパーの10倍強い。

 そういう大ざっぱな計算です。


 なぜこんな大ざっぱな計算がまかり通っているかというと、海戦での魔導大砲の当たりにくさに原因があります。

 軍関係者以外にはあまり知られていないことですが、海上で魔導大砲を撃ってもほとんど当たらないのです。


 命中率の低さの原因は多々ある、と言われています。

 砲手の限られた視界、海上で正確な距離を測る困難さ、砲弾や大砲の癖、海上という揺れる地面のせいで安定しない射角、海上で湿気た装薬による不安定な爆発・・・

 いずれの技術的問題も一朝一夕に解決することはできません。


 そこで、艦船の設計者は知恵を絞りました。

 それも脳味噌が筋肉で出来ている方向に・・・


 その設計思想は大別すれば2つの言葉に集約できます。

「大砲が当たりにくいなら、たくさん積めばどれかは当たるじゃない」

「大砲が当たりにくい?ならば距離を積めればどれかは当たるじゃない」


 ハリネズミのように横腹に山ほどの大砲をみ、鉄で装甲された王国の戦艦はこうして出来上がったのです。

 通常なら重すぎて海上要塞にしかならない代物ですが、魔導蒸気機関が変えました。

 魔導蒸気機関推進方式の採用により、役立たずのドン亀が機敏な重武装艦へと生まれ変わり、そうして王国は世界の海を征したのです。


 その世界一の王国艦隊を率いた王子は、水の聖女を2000門を遙かに越える数の魔導大砲で一片の肉片も残さず一息に焼き尽くすべく、その総力を挙げて水の聖女追放の地へと進軍を始めたのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「大きな笛ですねー」


「リリア、あれは笛ではありませんよ」


 王国が騒がしいことになっている、などということはいざ知らず。

 あたしは聖女様と一緒に神殿から遙か上まで突き出た歯車の柱を見上げていました。

 見上げれば見上げるほど、とてつもなくまっすぐに伸びた高い柱です。

 あんまり高いところまで伸びているので、見上げているあたしの首の方が痛くなりそうなぐらいです。


「聖女様、あの音は何だったんですかねー」


「そうですね。何かの合図だとは思いますが」


「・・・鳥が寄ってますね」


 不思議なことに、柱には多くの鳥が近づいています。

 集っている、と言ってもいいかもしれません。

 もっとも、柱の歯車が回転しているので留まったりはできないようですけど。


「そうですね。何か鳥が好きな音でも鳴っているのでしょうか?」


 聖女様が不思議なことを言います。

 耳裏に手のひらをあてて耳を澄ましてみましたが、ごうごうと風の音が響くばかりです。


「あたしには聞こえませんけど」


 あたしは視力には自信がありますけど、聴力もわりと自信があるのです。


「鳥や犬などの動物は、人には聞こえない音が聞こえるそうですよ」


「そういえば近所の野良犬が餌をくれる人の足音だけはもの凄く遠くにいるのに聞いているのを見たことがあります」


「そんな感じです」


「なるほどーそれで、あの柱は音を出して何をしているんですかねー」


 あたしとしては何気なく抱いた疑問を口に出しただけですが、目を細めて上を見ていた聖女様は何かに気づいたように向き直りました


「リリア。いいところに気づきましたね。ひょっとすると、あたし達には聞こえない声で何かとお話しているのかもしれません」


 お話。柱が話す。

 それも不思議な話ですが、地下の巨大で複雑な歯車達を見てしまうと、そんなこともあるかな、と思ってしまいます。

 現実にに、あたし達は土地神様だってお話しできるわけですし。


「何かって何でしょうね?」


「きっと、ここと同じような、土地神様と同じような何か、です」


 聖女様は確信を持って話しているように感じます。

 この神殿と土地神様の他にも、世界には同じような都市や土地神様がいる、というのです。


「だったら、土地神様も寂しくないですね」


「・・・そうかもしれませんね」


 土地神様は、今もピラミッドの巨大地下空洞の中に篭もっています。

 土地神様のおっしゃるには、大きな柱とお話しているそうです。

 柱も土地神様もあまりに長く埋もれていたために、多くの円盤を素早く回し、多くのことを刻まなければならないそうです。


「円盤って何でしょうね。土地神様の背中の歯車のことでしょうか?」


 あたしが土地神様を見つけた頃に回していた背中の歯車は「危ナイカラ」という理由で今は完全に土地神様の胴体の中に仕舞われてしまいました。

 あれを回すの、けっこう好きだったので、少し寂しいです。


「早く土地神様のお話が終わるといいですね」


 そうすれば大きな柱も、ひょっとするとお話ができるようになるかもしれません。


 聖女様とあたしだけでは、いかに青い光で強く照らされていても、この古代都市はあまりに寂しいのです。


「土地神様のお友達が見つかるといいんですけど」


 その時、大きく突き出た柱の天辺から「ビーッ・・・ビーッ・・・」と聞いたことのない大きく人工的な連続音が響きわたりました。


「・・・聖女様!?」


「ええ、わかります」


 それは言葉の意味がわからずとも明白な、不吉な警告の響きでした。


 まるで世界が引き裂かれる音のような・・・

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