第35話 勝利の確信
本日6話目です
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あたしと聖女様は転げるようにピラミッドの階段を滑り降りて、地下空洞の土地神様のところまで駆けつけました。
「あのっ!あの警告音は!」
「敵 ヲ 発見 シタ」
土地神様の断定的な言葉に、あたしはなぜか「哀しい」と感じました。
あたしが出会ってから土地神様が「敵」と明確に発言したのは初めてだったからです。
ですが、感情面とは別の疑問はあります
「敵ですか?神殿からは見えませんでしたが・・・」
ピラミッドの頂点にある神殿からは、あたしの視力を持ってすれば相当に遠くまで見えます。
柱からの警戒音を聞いて、あたしもかなり気を配って周囲を観察したのですが、敵らしい影の一つも見つけられなかったのです。
「敵 ハ 遙 カ 北 ノ 海 ノ 船 ダ」
「リリア、わたしは嫌な予感がします」
「聖女様、あたしもです」
北の海にいる船。
王国の艦隊の可能性が高いように思われます。
「ということは、あの人は王国に帰れたんでしょうか。思ったより根性ありましたね。あるいは幸運だったんでしょうか?」
「どうでしょう?もしも帰れたとしても時間の計算が合わない気がしますが・・・」
先日、聖女様に「王子の元へ行け」と偉そうに命令した無礼な男は無事に帰る力はないだろう、と判断して見逃したのですが、少しばかり甘く見ていたかもしれません。
「それにしても、なぜ敵だと思うのですか?」
聖女様が土地神様に問いかけます。
たしかにそうです。
どのような技術と手段で柱と土地神様が何千マイルも彼方の艦隊を発見できたのかはわかりませんが、それ以上にどうして敵だと見なしたのか、それが不思議なのです。
「ワタシ ニハ 計算 ガ デキル」
「土地神様・・・?」
あたしはそこで初めて不審を覚えました。
何となく、今の土地神様はいつもの土地神さまではないように感じたからです。
「正確 ニハ ワタシ ハ アナタ達 ガ 呼ブ 土地神 ト 同一 ノ 個体 デハナイ。中央階差機関 デアリ 都市ノ意志 デモアル」
「つまりは、土地神様の口を、御柱様が使ってらっしゃるということですか?」
「ミハシラ・・・間違イデハナイ」
困惑するあたしに代わって、聖女様が事態をあたしでも解るようにまとめて下さいました。
土地神様に御柱様。その安直なネーミングセンスはどうかと思いますが、何となく相応しい名称な気もします。
「じゃ・・・じゃあ聖女様が以前仰ってたように、あの大きな歯車の柱は人みたいに考える柱なんですね!すごい!」
「人ミタイ デハ ナイ。人 以上 デアル」
「あ、はい」
御柱様に注意されてしまいました。
土地神様よりちょっと厳しいです。
「敵ハ5日後 ニ 来 ル」
「5日後・・・早いですね」
「艦隊ですから新しく出来た川を遡ってくるのでしょう」
「なるほど」
海賊が発見できたのですから、目端の利いた軍人ガいれば新しい川を発見できないはずがありません。
海軍国の王国が本気を出せば、艦隊の主力をこの土地に送りつけることができるわけです。
「どのくらいの数が来るかわかりますか?」
「大型船中心二53隻ヲ確認」
「53隻!?王国の艦隊ほとんどじゃないですか!!」
こんな僻地に送る艦隊戦力の規模としては、明らかに過大です。
「聖女様・・・何かやらかしました?」
「どうでしょう?何か王国で不味いことが起きているのかもしれません」
聖女様は肩を竦めました。
たしかに、今思えば先日の無礼な貴族の男は、見た目の格好も酷かったですが、何か切羽詰まった事情がありそうにも見えました。
「事情を聞いた方が良かったでしょうか?」
「構わないでしょう。特に結果が変わったとも思えませんから」
聖女様は穏やかな決意を浮かべた顔で言われました。
「聖女様・・・」
「逃げたりはしません。私が身を捧げれば済むことですから」
「聖女様!あたしが!聖女様を守ります!」
「リリア・・・あなたの素晴らしい銃の腕は知っていますが、1人では軍隊とは戦えませんよ」
わかっています。
あたしの銃だけでは、本当の軍人のプロの軍人の集団とは戦えません。
おさえていても涙が滲んできます。
「ですが・・・嫌なんです!王子はきっと聖女様に悪いことをします!」
「そうですね・・・おそらくは面子にかけて私を殺すでしょうね」
「それに、きっとこの都市を滅茶苦茶にした上に、土地神様にも酷いことをするに決まってます!」
王国の艦隊が来たら、この都市が占領されてしまうのでしょう。
人がいない都市は寂しいものですが、王国の兵士達が我が物顔に盗賊の真似事をする未来図は、あまり愉快には思えません。
王子の軍隊は大変に軍規が緩いと評判ですから、さぞ模範的王国軍人として都市の景観を乱してくれるでしょう。
「きっと神殿も略奪されちゃいますし、土地神様だって壊されちゃいます・・・」
とても酷い光景になるはずです。
ぽたりぽたりと、あとからあとから涙が出てきて仕方ありません。
「リリア・・・あなたは隠れていなさい。戦いが落ち着いたら銀貨を持って王国へ帰りなさい」
あたしは懸命に頭を左右に振りました。
少し寂しいけれど、とても楽しく満ち足りていた世界が、こんなにもあっさりと壊されてしまうなんて。
あんまりにも酷い現実を、あたしはどうしても受け入れたくなかったのです。
「リリア、心配ナイ」
静かな空間にあたしのすすり泣く声だけが響く中、御柱様が言葉を発されました。
「で、でも王国はすごい大砲をたくさん持っていて、それに兵隊もたくさんいるんです!土地神様はとっても力強いですけど、きっと壊されちゃいます!」
「心配ナイ」
その言葉を発したのは御柱様だったのか、あるいは土地神様だったのか。
暖かい蒸気と共に吐き出された言葉は、あたしにはどちらとも区別がつかなかったのです。
◇ ◇ ◇ ◇
今や王国の大艦隊は魔導蒸気機関推進を全開にして黒い煙をたなびかせ、白波をけたてて海原を進んで行きます。
「ははは!やはり王国の艦隊は無敵だ!見ろ!この雄姿を!」
王子は得意の絶頂になり自ら艦隊を指揮しています。
人間というのは不思議な、あるいは勝手なもので、あれほど王子を苦しめていた思い通りに進まない陸上の苦戦も、舞台を海にして艦隊を率いるだけで心機一転、全てがうまく運ぶような感覚、あるいは錯覚が身に宿るのです。
「始めからこうしておけば良かったのだ!水の聖女などという怪しげな魔女を神殿に祀っていたこと自体が間違っていたのだ!」
王子は勝利を確信しています。
怪しげな雨を降らせる魔女でなく、艦隊の砲口の数こそが正義を決めるのである、と。
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