第47話 お仕事の帰宅
その男を見咎めたのは王国の港の係官でした。
戦地の隣国と王国の間には輸送船が定期便として往復しています。
往路では弾薬を積載し、復路では負傷兵を乗せて帰ってくるわけです。
「くそっ・・・魔女め・・・無能どもめ・・・」
ぶつぶつと杖をつき薄汚れた風体の男を気味悪がっているのか、誰も男に手を貸しません。
視界が悪いのか、バランスも失いがちで今にもタラップから転げ落ちそうです。
ついに男が足を踏み外したところを、係官は危うく受け止めました。
「大丈夫ですか?お迎えの方はいますか?」
ところが周囲の帰還兵達は、係官の行動をとめるのです。
「やめとけやめとけ、そいつは貴族様だってよ!みだりに触れたら無礼者呼ばわりされて鞭で殴られるぞ!」
「戦争ですっかり頭おかしくなってんだよ!夜中にギャーギャー騒ぐしよ、うるさいったらなかったぜ!」
負傷兵達も狭い艦の中で頭のおかしい男と一緒でストレスが貯まっていたのでしょう。
言葉に容赦がありません。
「貴族様・・・?」
係官はすっかり痛んだ男の服に、装飾や肩章がむしり取られた痕のようなものがあること、それとポケットに乗船許可の羊皮紙があるこのを見つけました。
「失礼します・・・これは貴族向けの乗船許可証・・・確かに貴族の方ですね。ですが記憶が混濁のため係累は不明、と」
許可証に几帳面な文字で追記された注意を読み、係官は少し悩んだ末に、王都へ向かう魔導蒸気列車の医療室で男を預かってもらうことにしました。
「やれやれ・・・どうも戦争はうまく行っていないようだな・・・この先どうなることか・・・」
許可証の注意には「心労のため男は自分を亡くなった王子と思いこんでいる。医療措置が必要である」と記載されていました。
係官は肩の荷が下りた表情で魔導蒸気列車を見送ったのです。
◇ ◇ ◇ ◇
一族の稼ぎ頭である羊飼いに連れられてきた若い男達は、あっけにとられていました。
自分達の仕事を斡旋してくれる、と紹介された人物が、王国人の年若い小娘に過ぎなかったからです。
「ええと・・・あんたが俺達に仕事くれるって人かい?」
「こ、こらっ!!口のききかたに気をつけんか!!」
「いや・・・でもよう・・・」
羊飼いは真っ青になって一族の若い男の無礼をとがめますが、男尊女卑の、いわば腕力と実力主義社会で育ってきた男達からすると、目の前の小娘が代表と言われても何だかピンと来ないのです。
女の癖に体に合わない大きさの小銃を背負っているのも、何ともアンバランスで滑稽に映っていたということもあるかもしれません。
王国の侍女服で小銃を背負った小娘は、男達の態度を気にせず仕事について説明を始めました。
「まあ、いいでしょう。最初に仕事の条件について説明しますから、同意なら契約書にサインしてもらいます。契約条件の変更は認めません。よろしいですか?」
男達は、とにかく仕事が欲しいのです。嫌なら始めから来たりしません。
「では説明します。ここは王国の土地ですから、許可された人間にだけ川に沈んでいる石炭、鉄、貴金属類の引き揚げを許可します。
引き揚げたモノは一度こちらで査定のため全量回収します。翌日に税引き後の分量を引き渡します。税率は5割です。
地域の指定は契約書に記された地図の通りです。
契約期間は1年間。以降、違反行為がなければ自動継続となります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!5割?暴利じゃねえか!」
「こらっ!!よさんか!」
男が文句をつけるのを羊飼いは慌てて止めます。
侍女服を来た小娘は、男の文句に小首をかしげました。
「嫌なら帰っていただいてもよろしいんですよ?」
「いや・・・だってよう、その査定ってやつも正しいかわかんねえし、その日に取った分を持って帰れねえってのも・・・」
「納得がいきませんか?要は信用できないと」
「そうは言わえねえけど・・・」
王国人が契約、と称して地元の人間を騙してきた歴史があるのは事実です。
侍女は小さくため息をつくと、物わかりの悪い若者の説得にかかります。
「まず、皆さんの周囲を見てください。ここはどんな場所ですか?」
「そりゃあ、川の近くの平らな土地だろう?」
「そうです。川の近くで舟がつけやすいよう川底が浚渫された、四角く造成された小高い広く水はけが良い、引き揚げたものを集積するのに適した土地です。こんな土地が最初からあったと思いますか?周囲を見てご覧なさい」
言われて、男達は自分達の立っている土地以外の陸地を改めて見回しました。
小高い丘であったり、逆に低くて水が溜まっている場所であったり。
視界のどの方向も一面に草が茂っていてどこが地面かもわからないあり様です。
「わかりますか?私どもはすでに事業に多くの投資をしているのです。この土地をご自分たちだけで工事したらどれだけ大変か、想像はつくでしょう?」
若い男達は土木工事の経験が少ないため想像力は貧困でしたが、何十人もの男達が何週間もかかりそうな、とてつもない力と労力が必要なことだけは理解できました。
「それに、別に引き揚げを任せるのは、あなた方でなくとも良いのです。他の一族の方にお願いしても、こちらは別に困りませんし」
「わ、わかった!いや、わかりました!契約します!」
ここでゴネて契約を結べなかったら、男達は一族の穀潰しとして大変に肩身が狭くなるのです。
なぜか侍女服の娘が「契約です!」と鼻息を荒くしていたのが不思議でしたが、大慌てで契約書にサインし、翌週から仕事にかかることとなったのでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「あー緊張した!」
「リリア、頑張ッタ」
羊飼いのおじさんが紹介した若い男達が舟で去って少ししてから、土地神様がお迎えに来てくれました。
「こちらでも見ていましたが、よくやりましたね」
「ありがとうございます!」
ふよふよと蒸気を吹き出して浮遊する空中眼で、聖女様と御柱様も契約の様子を見守ってくれていたのを知っていましたから、あたしも安心して説明できたのです。
「契約条件 ハ 合理的。修正 ノ 必要 ナシ」
「そうですけど、とりあえずゴネてみるのが儀礼なんでしょうね。あとは、少し舐められてたのかも」
そのあたりは羊飼いのおじさんが何とかしてくれるでしょう。
あたしのボルト式小銃が火を噴かずに済むのを祈るばかりです。
御柱様が出てくると小銃じゃなく大砲になっちゃいますからね。
「リリア、チーズ食ベル」
「食べます!」
始めてのお仕事をやり遂げた達成感と充実感からか、今日の燻製チーズはひときわ美味しく感じられるのです。
土地神様の背中に揺られて家路を急ぐ頃には草地の波は夕暮れにオレンジ色に染まり、空には聖女様が呼んだであろう雨雲がうっすらとかかり始めておりました。
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