第2話 追放の聖女様

「だーまーさーれーたーーーーーー!!」


「・・・ほんと、ゴメンなさいね」


 頭を抱えて魔導蒸気列車マギスチームトレインの客室でゴロゴロと転げ回るあたしの向かい側に申し訳なさげに座っているのは、噂の聖女様です。


 ほっそりとした体で濡れたように黒く豊かで艶やかな髪を持ち、厚い眼鏡をかけてうつむき加減に少し下を向いている、儚い雰囲気の女性です。


 そのお姿は、旅装、なのでしょうか。布地の質は良いのかもしれませんが、ごく普通のワンピースにケープとフードを被っているだけの質素な服装でいらっしゃいます。


 本来は、聖女様には大勢の神殿の従者や貴族の取り巻き達がいたそうですが、王家からの追放劇でいっせいに手のひらを返されてしまったらしく・・・最近の王様の権力すごいですね。

 ぜったいおーせーとかいうそうです。教会学校で習いました。


 それで髭おじさん達は追放される聖女様の侍女として「肝が太く・頑丈そうで・金に意地汚い」下働きの娘を探していたとか。


「週に銀貨2枚」の報酬に目がくらんで、ろくに条件を聞かずに頷いてしまった迂闊な娘はあたしです。

 肝が太くて金に意地汚なそうで悪かったわね!


 そんなわけで、あたしは魔導蒸気列車にゴトゴトと揺られて遙か遠くの砂漠の土地へと追放される聖女様の下働きとして同行することになったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 大拡散時代ビッグコンクエストエラといくつかの戦争を経て、王国は世界各地に植民地を持っています。

 そして、あたしと聖女様が追放されたのは、植民地のなかでも僻地も僻地。

 南国の部族国家を蹴散らして獲得したのはよいけれど、何の使い道もなく持て余しているただの荒れ地。


 そもそも追放された土地まで行くことからして、考えられないぐらい大変なのです。

 

 魔導蒸気列車で港まで2日、港からは魔導蒸気船マギスチームシップで南下すること10日、さらに帆船に乗り換えて河を遡ること3日。そこから2匹立て砂漠蟲サンドバグ蟲車むししゃで野宿すること4日。


 地の果てもと言っても決して言い過ぎではない、岩と砂漠ばかりの土地の古い修道院。

 そこが聖女様の追放の土地であり、あたしのこれからの仕事場となるのです。

 こんな場所で王国銀貨をもらったところで、どこで使えばいいのでしょうか。

 流行の茶店や菓子どころか、最低限の雑貨屋もないでしょう。


「いやいやいや・・・王子様、ちょっと容赦無さすぎでしょ」


 いくら聖女様が気に入らなくたって、普通は国内の田舎貴族のところで謹慎、ぐらいにとどめるもんでしょうに。


「静かな場所ね」


「まあ・・・そうですね」


 岩だらけで乾燥した土地に容赦なく照りつける太陽が強すぎるためか、害獣や山賊の類のひとつもあらわれません。

 動物にも人間にも厳しすぎる土地なのです。


 暑さで汗が噴き出し、喉も乾いて倒れそうです。


「聖女様、お願いできますか?」


「ええ。はいはい」


 聖女様が両手で水を掬うような形をすると、綺麗な水がこんこんと湧いてきますので、それを木桶に貯めます。

 最初に木杯であたしと聖女様の分をざぶりとすくい、残りは蟲車むししゃを引いてくれている砂漠蟲達サンドバグに与えますと、彼らは先を争って桶に頭を突っ込んで、たちまち水を飲み干してしまいます。


 これが水の聖女様の奇跡のお力。


「わたくしができるのは、これぐらいですから・・・」


「いえいえいえ!聖女様がいなかったら、あたし死んじゃいますから!」


 忠誠心ではなく、物理的に。

 聖女様の奇跡の力がなければ修道院にたどり着く前に干物になっていたことでしょう。

 噂に聞くミイラという怪物になってしまうかもしれません。


「とにかく!今夜は屋根のあるところで眠れそうですね。さっさと片づけてしまいますから!」


 蟲車から最低限の掃除道具を下ろすと、さっそく寝床の整備に向かったのですが・・・


「誰もいない・・・のはいいとして、コウモリも虫もいないのね」


 長いこと放置されていたとおぼしき古めかしい石造りの修道院の中はヒンヤリとしていて、多少の砂が吹き込んでいる以外には不思議なことに蜘蛛の巣一つありませんでした。

 これなら砂や砂利をさっと箒で掃き出してしまえば、すぐに寝台を設置できます。


「変わった神様」


 王国聖教の神殿とは柱や建物の感じからして違いますから、何か土地の神様を祀っているのでしょう。

 壁にはレリーフで大きく手の長い巨大な人型の神様が暑い土地らしく炎っぽいメラメラした背景と共に描かれていました。


「これからお世話になります」


 小さくお辞儀をして、少し高くなった石の台座へ杯の水を供えます。

 明かりの具合か、少しだけ土地神様が微笑んだ気がしました。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 その頃の王都では。


 毎日のように晴れの日が続き、霧の都と呼ばれた日々が嘘のようです。

 王様から市井の庶民まで、全員が太陽を全身に浴びて感謝していました。


 これで作物が雨で腐ることもない、今のうちに城の絨毯もタペストリーも干しておこう・・・


 作物は太陽の光を受けて力強く生い茂り、農民達は秋の収穫に期待を寄せました。


「こんなにも太陽の恵みがあったことはない!」


 貴族だけでなく民衆からも好天をもたらす王子を「太陽王」と呼ぶべし、という声まであがっているのです。

 王国の先行きは光輝く未来が待っている、と誰もが信じていました。

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