第3話 太陽の王子様は上機嫌です
掃除が短時間で済んだためか、何とかかんとか日のあるうちに部屋の格好をつけて、どうにか運び込んだ簡易寝台であたし達は砂漠の修道院で夜を迎えることができました。
灼熱の日差しの砂漠も、夜になると急激に冷えるものです。
聖女様とあたしが身を寄せ合って薄い布を巻き付け静かで長い夜を過ごしていると、はた・・・はた・・・と何かが地面や屋根を叩く音が聞こえてきました。
「あら・・・」
「雨・・・ですね」
その夜、何十年、ひょっとすると何百年ぶりかで砂漠の大地に雨が降り注ぎました。
雨音は徐々に強くなり、最後には壊れた楽器のような勢いで修道院の屋根を叩き続け、雨はあたしと聖女様の眠りを妨げ続けたのです。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝のこと。
雨上がりに外を見たあたしは、眠っている間に天国へ行ってしまったのかと焦りました。
岩と砂ばかりと見えた大地が、一面の緑の絨毯に生まれ変わっていたからです。
なにせ足下から地平線の向こうまで、小さな花をつけた短い草たちが最上等の牧草地のように蒼蒼と生い茂っているのですから!
「・・・すごい。昨日までただの砂地だったのに」
「きっと砂の中で草や花の種が眠っていたのですね。何年も何十年も。それが昨夜の雨で目を覚ましたのです」
はー・・・なるほど。
あたしは目の前の光景に驚くばかりでしたが、さすが聖女様です!
「これなら、山羊を飼ってミルクも絞れますね!ひょっとしたら羊だって!」
「そうね」
聖女様は柔らかく微笑まれました。
不思議なもので、昨夜までの悲壮感はどこへやら。
この緑と聖女様の笑顔さえあれば、こんな土地でも何とかやっていける、との意を強くしたのです。
2匹の砂漠蟲たちはずんぐりとした蛇腹の甲羅をてからせて、モソモソと柔らかな草をのんびりと食んでいました。
◇ ◇ ◇ ◇
夜になると、また雨が降りました。
朝になると、雨が上がります。
夜の雨と朝の晴れ、というサイクルが一週間も繰り返されると、鈍いあたしでもさすがに気がつきます。
「ひょっとして・・・これって聖女様の御力なのでは・・・?」
「どうなのでしょう?王都では神官達が雨乞いの儀式を行っていましたから」
王都は周囲を荒れ地に囲まれた中にあって、不思議と水に困ったことがありません。
霧の都、などと呼ばれているのも豊かな水のおかげです。
おかげで外敵や侵略の心配もなく、ときおり水害はあっても肥えた土地で穫れる農作物で民も貴族も繁栄を続けているわけですが。
もしも、その豊かさをもたらしている、いえ、もたらしていた、のが聖女様の御力であったとしたら・・・とてもマズいことになるのではないでしょうか。
「ああ・・・でも、お前は雨女だ、とは言われていましたね。わたくしが屋外の行事に参加しようとすると何故か必ずといって良いほど雨が降るのです。おかげで外出の際には雨具を必ず持ち歩くようになりましたが」
ころころと鈴の音を転がすような声で笑う聖女様ですが、あたしは聖女様の御力に背筋が寒くなる思いがしたものです。
王国も王子も、本格的に痛い目を見る前に少しは聖女様のありがたみを思い知って、自分たちの思い違いを糺してくれれば良いのですが。
◇ ◇ ◇ ◇
「太陽王」と呼ばれた王子は、いつになく上機嫌です。
聖女が去って以来、水害も食料庫の腐敗もなくなった、と報告を受けています。
毎日のように太陽が照るおかげで、街の煉瓦は赤々とした輝きを取り戻し、道は少し埃がたつようになりました。
作物は少しだけしおれてきています。
雨が多かったために、ため池や灌漑工事はほとんど行われてこなかったのです。
もっとも、そうした農民の訴えが王家に届くことはないでしょう。
王家が工事を命じても途中で貴族が中抜きをして有耶無耶にする体制ができあがっているわけですから。
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