第38話 掃討の遊戯
本日3話目です
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王国海軍は壊滅しました。
他国に先駆けて魔導蒸気機関を積極的に活用した魔導産業革命を成し遂げ、営々と蓄積した富と植民地から収奪した富を100年に渡りそそぎ込んできた、海軍国にとって最強の矛であり盾でもあった栄光の王国海軍艦隊。
その全ては、たったの一撃で過去の栄光となり、失われてしまったのです。
御柱様の完璧な計算に基づいて、全ての王国艦隊の艦船に最も効果的に爆圧が行き渡るよう、完璧に配置された遠隔操作型水中機雷は、王国艦隊が大砲を発砲しようとした、まさにその瞬間に完璧なタイミングで爆発しました。
各所に設置された複数の機雷の衝撃は水中を空中の音速の数倍の速度で伝わり、完全に制御されたタイミングで艦船に衝撃を同時に伝えることで、その破壊力は単体の場合の数倍から数十倍に上りました。
ある戦艦は発砲の瞬間に衝撃で艦底の竜骨が折れたために照準の大きく外れた大砲は自艦の内壁を砲撃する結果となり、またある戦列艦は艦の砲口がねじ曲がり僚艦を至近距離で砲撃するという事態を引き起こしました。
そうした無惨な同士討ちという無数の悲劇でさえも、御柱様にとっては計算の上のことだったのです。
53隻の威容を誇った王国艦隊は、今やその全てが失われ、ある艦は真っ二つに折れて座礁し、ある艦は炎上しています。
兵士達も衝撃で即死した者は少なかったのですが、砕けた艦の木片にすがりつき懸命に命を拾おうともがき続けている有様です。
そして、指揮官の王子はどうしているか、というと。
「馬鹿な・・・艦隊が・・・無敵の王国の艦隊が・・・全滅・・・だと・・・」
半壊した戦艦の指揮所で、燃え上がる艦隊を見て呆然と座り込んでいました。
指揮官としては大変にまずい行為です。
「殿下!残った兵士達を1人でも救わねば!」
将軍が王子の腕を掴んで立ち上がらせます。
指揮官には兵士の命を救う責任があるのです。
平素は兵隊達よりも率先して美味い飯を食い綺麗な部屋で豪華な服を着て偉そうに命令をすることが許されるのも、まさにこの瞬間に責任を果たすことが期待されているからなのです。
「艦隊はすでに全滅した!」
「殿下!ですが兵士達が残っています!」
王子は燃え上がる水上で木片につかまり負傷して溺れかけている兵士達の群にに目をやりました。
「あの者達は死ぬだろう。もう王国の役には立たん」
「殿下ッ!」
さすがの将軍もカッと感情が燃え上がるのを感じました。
指揮官は兵士を裏切らない。
最後まで戦い、負傷者を救う努力をしてくれる、と信じているから戦えるのです。
それを、この王子は役立たずだから見捨てる、と言うのです!
「殿下には責任がございます」
「ぶ・・・無礼者・・・下がらんか」
将軍が一歩にじり寄ると、王子は怯えたように下がりました。
身分が守ってくれない、本当の人の怒りに触れた経験が、王子には皆無だったからです。
「そ・・・そうだ。責任はある!責任は将軍がとれ!」
「・・・何ですと?」
「今から将軍を全軍の指揮官に任命する。生き残りの兵士達をまとめ、できる限り救出せよ。私は本国へ救出の艦隊を呼びにいく」
将軍はギロリと鋭い目で王子をねめつけました。
この役立たずと言い争っている間にも、ダース単位で兵士達の命は失われているのです。
時間の猶予はありません。
「・・・拝命します。殿下もどうかご無事で」
「当たり前だ!」
王子は逃げるように身を翻すと半壊した指揮所から瞬く間に姿を消したのです。
いっそ見事なまでの逃亡劇でした。
「王国の未来は暗い。あれが後継者ではな・・・」
幸いなことに、将軍の口から漏れた不敬な嘆きを聞いた者は周囲にはありませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「照準合わせ。目標、敵戦列艦7番艦」
「目標確認シタ」
あたしは、ピラミッドの頂上の神殿に陣取った土地神様の背中に座って、要塞防衛用携行型対艦蒸気大砲を構えています。
敵艦隊は遠隔操作型水中機雷で壊滅しましたが、いくつかの艦は川底に座礁しつつも戦闘力を完全に喪失していません。
残敵掃討が必要です。
「蒸気圧充填」
「充填確認シタ」
「発射」
ガキンとレバーを引くと、要塞防衛用携行型対艦蒸気大砲が一瞬だけ「バスン!」と猛烈な蒸気を吹き出しました。
さすがの土地神様も反動で少しだけ後退します。
「命中確認シタ」
川の中程で頑張っていた戦列艦の上半分が砲弾で半壊しました。
あの艦はもう戦闘継続は不可能でしょう。
それにしても、おっかない威力です。
「次の標的は?」
「24番戦艦ヲ 推奨」
「了解。次弾装填。照準合わせ。目標 敵戦艦24番艦」
「目標確認シタ」
楽です。楽すぎます。
偵察を通じて予め登録された敵艦を、絶対に敵の届かない距離から一撃で破壊できる大砲を御柱様の推奨する順に砲撃するだけの仕事ですから。
戦争という行為が、こんなにも作業的になっても良いものなのでしょうか。
ボルト式小銃による狙撃には、もう少し敵との駆け引きや緊張感がありました。
これではまるで遊戯です。
「まあ、それでも手を抜いたりはしませんけどね」
あたしは御柱様が飛ばした空中眼を通じて、兵士達がどんな顔をして何を言っていたか、全てを見聞きしていました。
奴らは、あたしの聖女様と土地神様の大事な大事な日常を奪おうとした連中なのです。
容赦する必要を一切感じません。
「発射」
あたしは、そうして敵戦力が完全に沈黙するまで大砲による狙撃を続けました。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、王子は半壊したボートに身を隠し、懸命に戦場からの離脱を図っておりました。
端的に言うと任務放棄の上で敵前逃亡です。
「私はこんなところで死んではならん。生き延びねばならんのだ・・・」
こんなところに兵士達を連れてきたのは自分であり、こんなところで大勢の兵士達を死なせたのは自分ですが、そうした自責の念は一切ないところは、さすが王族というべきかもしれません。
身分を盾にした他責こそが王子を王国の王族たらしめているわけですから。
生き残ることに対する形振り構わない執念も大したものです。
「魔女め・・・魔女め・・・」
王子は譫言のように呪いを呟きつづけながら、指揮すべき兵士達を捨てて、己の身一つ隠れて川を下っていくのでした。
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