第43話 珍客万来
本日4話目
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最近の御柱様は、いつもカチカチ言っています。
あたし達には何を言っているかわかりませんけど、何かとお話している気がします。
ときどき「ぴぴろぴーぴうぴう」とか、笛も鳴らしてます。
「・・・鳥を見ると撃ちたくなるのは何故でしょうね」
「リリア、お茶に血が飛ぶからやめてください」
神殿から空に向かって突き出た形の御柱様の周囲には、鳥がよく飛んでいます。
何か鳥が好きな音でも出しているのでしょうか。
撃ち落としても小さすぎて食いでがないので今は放置していますけど・・・
「糞が落ちてくるかもしれませんよ?」
だから一度は追い散らした方が良いのですが。
「そうしたら土地神様にお掃除していただきましょう」
「まあ・・・聖女様がそう仰るなら」
あたしは渋々ボルト式小銃の銃口を下ろしました。
「最近は砂漠大鷲も銃が怖くなったみたいで、あたしが出てくると一目散に逃げるようになっちゃったんですよね。張り合いがない・・・」
「それは銃でなくリリアを怖がっているのです。羊さんが無事ならいいじゃないですか」
「ダメですよ!いいですか、聖女様?人助けはタイミングが大事なんです。危ないところを助けてあげるから仔羊がもらえるんです!いいことを思いつきました。いっそ藁の山に身を隠していれば鷲も襲ってくるかもしれません」
「服が藁屑だらけになります。それにきっと藁の中は暑いですよ」
「暑いのは嫌ですねえ・・・」
最近は海賊みたいに悪い人も来なくなったので少し退屈です。
何か危ないことがあれば御柱様が遠くにいても教えてくれますし、とっても安全になった気がします。それはとても良いことなのですが。
「御柱様は、いったい誰とお話してるんですかねー」
カチカチと音を鳴らし続ける膨大な数の歯車を見上げながら、あたしは鳴り響く音の先の相手が気になってしかたないのです。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃の将軍は占領地で珍客を迎えていました。
「閣下、その・・・衛兵が判断を仰ぎたい、と言ってきておるのですが。いかがいたしましょう?」
恐る恐る切り出す士官に将軍は眉を顰めました。
「何事か」
「はい・・・その者は閣下を出せと一点張りで・・・」
「軍人であれば軍籍番号を聞き出せ。でなければ貴族であっても叩き出せ!」
どうせどこかの貴族士官が自分だけ先に帰国させろとねじ込んできているのだろう、と将軍は用件のあたりをつけました。
そうした種類の訴えは日に数件はあり、将軍の対応はすっかりルーチンとなっていたのです。
「ですが・・・その・・・」
煮えきらない部下の態度を一喝しようとして、将軍は不審を覚えました。
部下が将軍の対応ルーチンを知らないはずはないのです。
「どうした。何があった」
促されて、ようやく部下は用件を言葉に出すことができました。
「門の男は・・・自分は王国の王子である、と名乗っているのです」と。
◇ ◇ ◇ ◇
驚くべきことに、大河の濁流に飲まれたはずの王子は生きていました。
流される途中で気を失ったことが良い方に作用したのでしょう。
気がつくと王子は河口付近の浜辺に艦の破片と一緒にうちあげられていたのです。
「ははははっ!やはり私には天運がある!あんな場所で死ぬべき人間ではなかったのだ!」
哄笑した王子は立ち上がろうとしましたが、力が入らずバランスを失い倒れ伏しました。
「足が・・・」
右足が骨折しているようです。左腕にも痛みがあって力が入りません。
「誰か!誰かいないか!」
仰向けのまま王子は叫びましたが、応える者はいません。
「くそっ・・・役立たずどもめ・・・」
真っ先に1人だけ逃げ出した王子の近くに兵士達がいないのは当然です。
戦場に残った多くの兵士達は王子の指揮の元で冥府の門をくぐり、わずかな生き残りの兵士達は将軍の懸命な救出活動によりわずかに命をつないでいるのですから。
「魔女め・・・許さん・・・」
王子は何とか身を起こすと、剣の鞘を杖にし足を引きずって歩き出しました。
「私は帰る・・・帰らねばならんのだ・・・」
その瞳に鈍い狂気の光が宿らせながら、王子は波打ち際を進み続けたのです。
◇ ◇ ◇ ◇
将軍は椅子に座って目を瞑り、ボロ布を纏い不潔に髪を振り乱した片目隻腕の男が「役立たずの部下がいない中で如何に大胆に知謀と勇気を働かせ屈辱に耐えて帰りついたか」を饒舌に語るのを黙って聞いていました。
「・・・というわけだ。貴様達のような使えぬ部下を持って私は恥ずかしいよ。こんな情勢でなければ貴様も貴様の部下達もまとめて銃殺していたところだ。まあ、いい。以降の軍の指揮は私がとる。席を譲るがいい」
そうして自称王子の話が一区切りついたところで、将軍は目を開き言い渡します。
「お話は終わりですか?では結論を申し上げましょう。あなたは殿下ではありません。殿下は戦死されたのです。ですから、あなたは殿下を語る偽物です」
思いもよらない将軍の返答に自称王子は絶句し、ついで激高します。
「・・・っ!!何を不敬な!貴様狂ったのか!!」
「狂ったのはお前だ!」
将軍の鍛え上げた怒声に自称王子は怯み、開きかけた口はパクパクと力なく開閉するばかりで、意味のある言葉を発することができません。
「・・・いや、戦傷を負った兵士にはよくあることです。戦場になれない貴族士官が混乱し戦死されたはずの殿下を名乗ったのでしょう。身の証を立てたければ本国へ帰りなさい。特別に帰国を許可しましょう」
そうして将軍はサラサラと帰国許可証にペンを走らせると、警備兵に命じて「頭のおかしい貴族士官」を指揮所から叩き出したのです。
数日後、将軍は「髪を振り乱した片目隻腕の男が軍の定期便で帰国した」との部下の報告を聞き、それっきり事件を記憶の彼方へ押しやりました。
将軍には最高指揮官としてなすべき仕事が山積していたからです。
後に歴史家によって発見された当時の将軍の報告書には「責任を負う資格すらない者もこの世には存在する」と几帳面な字で欄外にメモが記されていたことが知られています。
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