第13話 ずっと昔からいたもの
畑を作り終えた土地神様は、修道院の周囲を毎日のように掘り返しています。
それも、あちらこちらを適当に、というよりは修道院を中心として規則正しい四角形を拡大していくように・・・
周囲が掘り下げられると、必然的に修道院が高台になるので出入りが大変になるところですが、なぜか掘り出された地面には修道院の床と同じ石材の階段が続いています。
「あの・・・これは土地神様がつくられたのですか?」
「元カラアッタ」
たまらず土地神様に尋ねますと、この階段は以前からあった、との答えが返ってきました。
よくわかりません。階段が元からあったのなら、昔の人は使わない階段を埋めていたことになります。
「リリア。ひょっとして、この神殿は別の建物の一部だったのでは?」
「えっ、そんなことあるんですか?」
「王国の貴族のお城の幾つかは、遙か昔の建物の上に建てられている、と文献で読んだことがあります。それと同じことがあったのでは?」
「はー・・・そんなことが」
さすが聖女様!知識階級である神官の頂点に立つお方なだけはあります。
眼鏡は伊達じゃありません。
「ココニハ街ガアッタ」
「街が・・・」
「多クノ人ガ住ンデイタ」
聖女様とあたしは、それ以上の言葉を土地神様にかけることができず、日暮れまで黙って枯れ木と水を土地神様のために運び続けました。
土地神様は夕日をうけて黙々と何かを取り戻すかのように、力強く土地を掘り返していましたが、それは砂浜で何か大事なものを落としてしまった子供が懸命に捜し物をするかのような、もの悲しさを感じさせる光景でした。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝のこと。
「な、なんですか、これーーーーー!!!」
修道院、いえ、もう土地神様の言い方に合わせて神殿と言った方が良いのかもしれませんが、その周囲の光景が一変していました。
ちょっとした高台にあったはずの神殿が、今や黒い石材の切り立った斜面の上にあるのです!
ざっと見ると、高さは30フィート以上あります。
滑り落ちたらただでは済みません。
「まるで噂に聞く砂漠の王族のお墓ですね」
あたしの大声で目が覚めた、と起きてきた聖女様が教えてくれました。
ピラミッド、というのだそうです。
砂漠の王族は自分のお墓を巨大な石材を組み合わせて四角錐、つまり底が四角で上が三角の建物を造る習俗があるのだとか。
「それはいいんですけど、どうして神殿がその上に?」
「二つ可能性が考えられますね。元々あったピラミッドの上にあとから神殿を建てた。これが1つ目の可能性。古い建物の上に新しく建物を建てるのは地盤工事と石材の節約になりますから」
なるほど、さすが聖女様です。
「でも、床の黒い石材って、土地神様が乗っても傷がつかないくらいすごく頑丈ですよね。あれを動かしたり壊したりって出来るものなんでしょうか?」
四角錐というからには先がとがっていたはずで、神殿を建てるためには先っぽを削ったり動かしたりしないといけません
「いい点に気がつきましたね、リリア。そこでもう1つの可能性です。この神殿は元からそうした形として存在していた。ピラミッドは砂漠の王族が、この神殿を真似て作ったのです。こちらの方が、ありそうな感じはしませんか?」
聖女様は眼鏡をきらりと光らせつつ、とても楽しそうにおっしゃいますが、何となくとんでもないことを言っていることはわかります。
「それって、ずっとずっと昔からこの土地にたくさんの人がいたことになりますよね・・・?」
「そうです。教会が出来る遙か昔から土地神様がいて、土地神様を崇める人々が街を作り、高度な社会を築いていたことの動かぬ証拠です」
「それって教会の神様が最初の神様じゃない、ということになりませんか?」
「そうです。土地神様の方が早い時代の神様になりますね。教会の教えは変更を迫られるでしょう。あるいは、もしかすると・・・」
「もしかすると?」
「そんな邪神は存在しない!と破壊しに来る人がいるかもしれませんね」
「たたたた大変じゃないですか!!」
「リリア、王国からこんな土地に人が来るわけありません。秘密にしておけば大丈夫ですよ」
そうでしょうか・・・?
何となくですが、聖女様は自分の尺度で事態を楽観する癖がある気がします。
とはいえ、土地神様に今さら「掘り返すのをやめてください」と言い出すこともできません。
あたしに出来るのは、何も起こらないよう祈ることと、夕食のお肉を調達することだけです。
「ところで、土地神様はどこに・・・?」
「あれ・・・そういえば動いている音がしませんね」
聖女様に問われて見回してみると、土地神様は神殿近くの地面を掘り返す姿勢で止まっています。
「あらら・・・」
そのユーモラスな姿勢に、思わず吹き出してしまいました。
あとで流木と水を用意することにしましょう。
世話のやける神様です。
◇ ◇ ◇ ◇
王国は大拡散時代からずっと、戦い、奪い、植民地という形で不足する資源を獲得してきました。
困窮したら戦って奪う、困窮せずとも戦って奪う、それによって国を豊かにする。そうした国家の行動様式とでも言うべきものが王国には備わっています。
世界を征することができたのも、そのおかげです。
魔導産業革命という、産業の競争力によって武力を使わずとも富を奪うことができるようになったために、ここしばらく王国は戦いをしてきませんでした。
ですが、渇水という国難を迎えてそうした仮面はいともたやすく脱ぎ捨てられます。そして王国の首魁である王子様には、ことさらに強くその「戦って奪う遺伝子」が刻み込まれていたのです。
「諸君、わたしは諸君に宣言する!王国を襲う国難を根本的、恒久的に解決する手段として!王国の全ての国民の生存圏を確保するために!王国が蓄えてきた力を行使するときが来たと!」
王子様は貴族達を宮廷に集め意気揚々と宣言しました。
そのメッセージの中身は明らかです。
「不足した財と資源は他所から戦って奪え!」
つまりは、戦争のはじまりです。
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