第40話 栄光の時代の終わり

本日1話目です


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その頃、王国では大変な騒ぎとなっていました。


 王子が隣国に宣戦布告なしに戦争を仕掛け、勝ちきれず戦線は膠着していたこと。

 かつ、動員できる最大数の艦隊を引き連れて遠征し行方不明になったこと。

 その上、どうやら王国が誇る艦隊が一夜にして全滅したらしいこと。


 王子一人で戦争を起こし、戦場を放置し、別に率いた海軍を壊滅させたのです。

 よくもまあ、たった一人で覇権国家の国力を低下させたものです。

 それも、責任もとらず劇的に。


 いったい誰が、この巨大な失敗を後始末するというのでしょう?

 100年かけて築き上げてきた海軍が失われたのをどのように再建すれば?

 今もなお隣国に指揮官がいないまま取り残されている兵士とその家族をどうすれば?


 そして最大の問題である、王国に雨が降らないこと、の解決は全く前進してないのです。


 王宮では王の監督責任を問う声が挙がりましたが、すぐに消えました。


「では、お主が解決してみせろ。さすればすぐにでも王位をくれてやろう」


 と、王が開き直ったからです。


 責任を問うのは得意でも責任を負うのは苦手なのが宮廷貴族という生き物ですから、王が本気であることを悟ると、賢しらで勇猛な言論はたちどころに影を潜めました。


 例え問題を起こした者がいなくなったとしても問題は残り続け、その問題は誰かが解決しなければならないのです。


 士気の低下した遠征軍の再建。戦争の勝利もしくは停戦交渉の実施。100年かけた海軍の再建。

 どの問題をとっても、途轍もなく解決は困難です。


 まさに「問題を起こすのは1日で済む。解決には10年かかる」という王国教会での訓話そのものです。


「余計な貧乏人がいなくなっただけだ。せいせいする」


 などとうそぶく貴族や金持ちもいましたが、彼らは問題の本質を見失っています。


 王国の豊かさは身分と財産によって支えられているのではなく、海軍と兵士という力によって支えられているのです。

 身分や財産は王国が奪い取ってきた富の配分を有利にする二次的な要素に過ぎないことを理解していません。


 王国が海軍と兵士という、他国から富を収奪する源泉である暴力を失ったらどうなるか。

 王国帰属や商人が無意識に期待しているような現状維持は望めません。

 他人を殴って豊かになった国は、今度は殴られて奪われる側に回るのです。


「小官が軍の指揮にあたります」


 声を上げたのは、先日ようやく生き延びて帰国した将軍でした。

 将軍が遠征反対派であることは広く知られていましたから、王子の指揮の失敗をあげつらう貴族達も表だって非難には回りませんでした。


 長く王国近海に存在しなかった海賊の出現や隣国の同盟国による援軍の噂など、王国宮廷政治というコップの中の嵐を、ガラスごと叩き割りかねない外患が列をなしてやって来る様相が見えたからです。


 殴り続けた強者も、いつかは殴られる弱者に回る。


 残酷な国際政治の現実に、宮廷雀達も今さらのように気がついて震えたのかもしれません。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「将軍!よくぞご無事で!」


「将軍!指揮をお願いします!」


「殿下はお戻りにはならないのですか!」


 王都の自宅に荷物を置く暇すら惜しみ、魔導蒸気推進船をボイラーが真っ赤になるほど急かして将軍が隣国の指揮所にたどり着くと、すっかり憔悴した様子の下士官達が将軍の元にわっと押し寄せて来ました。


「いったい本国では何が起きているのですか?我々は見捨てられたのですか?」


「我が隊の指揮官の後任はどうなりましたか?将軍以外の指揮はいらっしゃらないのですか?」


「兵士だけでなく軍の秩序も崩壊寸前です!一部の兵達は軍の指揮から離れ山賊となっています!」


 王子の情報封鎖により本国からの情報が入ってこず不安が募っていたところに、当の王子が戦場の指揮を放り出し、ついでに級指揮官を残らず引き連れていったため長く指揮権不在の状態が続いていたからです。


「うむ。貴官達の懸念は理解した。主立った指揮官を早急に集めてもらいたい」


 将軍は混乱した遠征軍をとりまとめるため、かつて王子達が宴席に使用していた館を接収すると臨時の指揮所へと作り直しました。


「よく集まってくれた。まずは王国が置かれた困難な状況について、諸君と率直に共有したい・・・」


 将軍が重い口を開き説明した王国をめぐる国際情勢の変化と、致命的な戦力の損失に指揮官達は驚愕し、次に震え上がりました。


「つまり・・・王国の栄光は失われた・・・もはや世界一の強国ではない・・・ということですね」


「そうだ。王国海軍の損失はあまりに大きい。人材を立て直すにも10年単位の時間が必要となるだろう。これからの王国は長く忍耐の時代を迎えるだろう」


 将軍の苦い口調に、彼らは前向きで気楽に未来を信じられた栄光の時代が、たった一人の愚行により唐突に終わったことを悟らざるを得なかったのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「あー!羊飼いのおじさん!おーい!」


「おやおや侍女さんはいつも元気だねえ」


 久しぶりに羊飼いのおじさんが舟に羊達を満載してやって来ました。


「はい。こちらがお約束のチーズとハム、ソーセージ」


「ありがとう!おじさん大好き!」


「聖女様にもどうかよろしくお伝え下さい」


 羊飼いのおじさんは、定期的に神殿周辺の土地に羊を放牧にやって来ます。

 神殿の周辺は草が元気すぎるので食べてもらうのは有り難いですし、ついでにチーズやお肉もくれるので、とてもありがたいのです!


「それにしてもご無事で良かった。先日、この川をたくさんの軍艦が遡っていくところを見た者がおりまして」


「まあ怖い」


「大砲をうんと積んだでっかい最新式の王国の戦艦だったとか。おまけに海辺には粉々になった船の残骸やら亡くなった兵隊さん達がうんとうちあげられてまして。大きな戦争か嵐にでもあったのじゃないかと肝をつぶしました。いやあ、ご無事で何より」


「戦争ですか。いやですねえ」


 その後は少しばかり世間話をして、羊飼いのおじさんが今度連れてくる羊を倍にしたいけど良いか、と持ちかけられたので、あたしはチーズとソーセージの増量を勝ち取ったのでした。


 チーズやソーセージは、あとで土地神様にお願いして燻製にしないといけませんね。

 聖女様もさぞお喜びになるでしょう!


 戦利品を山ほど抱えて神殿に向かう足は、自然と軽くなるのです。


 今日も神殿の空は最高の染料のように真っ青で雲一つありません。

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