第19話 失われしものを取り戻すために

本日5話目です


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土地神様は今日も懸命に神殿の周囲を掘り起こしています。


竜の何十倍もの力のある土地神様が昼だけでなく夜を徹して掘り起こし続けているせいか、驚くべきスピードで何エーカーあるかもわからない広大な過去の都市の跡が毎日のように掘り起こされていきます。


最近は毎朝起きて神殿から古代都市の跡を見下ろすことが日課になっています。


今日はあそこが掘り起こされた、昨日はあの建物が見つかった、などと聖女様と間違い探しでもするかのように言い合いながら美味しい朝食をいただくのです。


古代の都市は基本的に黒い石造りの建物なのですが、一つ一つの建物がお城みたいに本当に大きいのです。王国の王都にある建物よりも大きい気がします。


「こんなに大きな街が造れたのに・・・」


「どうかしましたか、リリア?」


「昔の人達は、こんなに大きくて立派な建物が造れたのに、どうしていなくなっちゃったんでしょうね?」


記憶を探るように少しだけ視線を動かして、聖女様は語り始めました。


「そうですね・・・参考になるかはわかりませんけれど、どんな国も民族も永遠に続くことはないのですよ。王国の歴史も、たかだか500年。その上、王族の血筋も何度も絶えています。ティエン朝、コーダー朝、アグワイヤ朝、と、今の王族は実質4代目の血筋で、王子様はその2代目です。歴史の大きな流れから見れば、ぽっと出の新人も良いところです」


「・・・聖女様、それって王子様に聞こえる場所で言ったりしてませんよね?」


「さあ?覚えはありませんが。そもそも血筋が新しいことなんて家系図と文献と紋章辞典をあたれば容易に推測がつくことです。隠されるほどのことではありませんよ」


「あ、はい・・・そうですね」


覚えはないだけで、たぶん言うか書くかしてしまったのでしょう。

そのあたりを隠す配慮を聖女様がしたとは思えません。

悪気はないのですが、聖女様はときとしていろいろなものが当たり前に見えすぎて、見えない者がいることを忘れ去ってしまうのです。


「それに・・・どうして土地神様は都市を掘り起こし続けてらっしゃるのでしょう?もう誰も街には住んでいないのに」


そして、誰も帰ってくることがない街なのに。


「土地神様の機能回復に何か関係しているのかもしれませんね」


神殿に接続して以来、土地神様は確かに変わりました。

ですが、何かが欠けていることも事実で。

そして、土地神様もそれを自覚されているようなのです。


「記憶が戻らないって、きっと寂しいことでしょうね」


「リリアは、優しいですね」


聖女様は慰めてくださいますが、そういうことではありません。

最近は土地神様とあまりお話が出来ていない気がして、あたしも寂しいのかもしれません。


「たぶん、土地神様は捜しているのかもしれません。それが何かはわかりませんけど」


その「何か」を見つけたとき、土地神様は今の優しい土地神様であり続けてくれるのでしょうか?

塊芋の農地を耕したり、絨毯の洗濯を手伝ってくれたりする、優しい、あたし達の土地神様であり続けてくれるのでしょうか?


無言で憑かれたように古代の都市を掘り出し続ける土地神様を見ていると、あたしはそこはかとない不安を感じるのです。


◇ ◇ ◇ ◇


「進め!進め!王国の完全勝利は近いぞ!」


王子の叱咤で、緒戦に大勝した王国は隣国の奥深くまで攻め込んでいます。


「ですが殿下、この先は道路事情が悪く軍団を維持しての進軍は不可能です」


「ではどうしろと言うのだ?」


将軍の進言に王子は噛みつきます。


「進軍の速度を緩めるか、分散して進軍するか、です」


「速度を緩めるなど問題外だ!分散して進軍せよ!合流は戦地で行えば良い!」


道路事情が貧弱で補給線の確保に難があるために分散しての進撃は、戦争ではよくあることなのです。戦力は必要な時に集中していれば良い。それも一つの考え方です。


「ですが殿下、ここは敵地です。連絡線が途切れますと反撃の怖れが・・・」


「ふん!王国軍の最新装備にかかれば多少の数の不利など問題ない!それよりも補給線の維持が問題だ!本国からの弾薬と輸送は順調なのだろうな!?」


「それは滞りなく。ですが兵士達の食料が不足しています」


「将軍、ここは敵地なのだ!現地で各地調達せよ!兵士達には、その程度の才覚を期待しても良いのではないか?」


「・・・了解しました」


こうして王国軍の戦略移動の方針は決定されました。


分散しての進撃は戦力を効率的に移動させるための戦略の常道です。

ですが、意図的に分散して進撃を行うことと、分散してしまうことは全く異なります


大勝に驕る軍が、政治的な横やりで統一的な指揮を行えず、上官は兵士達を軽んじ、飢えた兵士達は上官を信じない。その結果起こることと言えば・・・組織的で無秩序な進軍先での略奪です。


銃声が鳴るたびに、現地の民間人の悲鳴と血が流れます。


王国小銃キングスライフルを構えた兵士達は徒党を組んで、現地の市民が住む農家を占領統治の美名の元に襲撃をしているからです。


本国では渇水と重税に苦しみ、現地で配布されるべき兵糧は上官達が横流しをしているために最低品質でしかも不十分な量しか配布されないのですから、兵士達は自分達で「才覚を働かせて」食料を調達するしかありません。


上官は、そうした兵士達の蛮行を阻止するどころか見逃すかわりに上前をハネる始末です。


名誉ある王国の軍隊は、今や略奪を繰り返す単なる山賊へと成り果てて進撃を続けます。


その跡に無数の血と悲鳴と不名誉だけを残して。

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