第52話パートナーになろうと思います!

「なら……ならどうして、"薄紫"は"陰"を祓えるの? まさか――」


「……"薄紫"はあやかしが持ったところで、ただの棒きれ同然だ。所有者がヒトの場合のみ、効力を発揮する。――所有者から"陽"の気を吸い上げ、"陰"を断つ。ヒトだけが正しく活かせる、ヒトの為の刀だ」


「……っ!」


("薄紫"は、藤の花……)


 藤はひとりでは咲けない。

 巻き付き支柱となる、"松"がなければ。


 ――"薄紫"の松は、雅弥。


「……ま、さやは」


 速まる鼓動。胸の中央が冷たく沈んで、妙な汗が頭後ろに浮かんでくる。


「まさやは、どうなるの」


 沈黙。

 雅弥は数メートルを進んでから、


「……ヒトの"気"は有限だ。"陽"の気が枯渇すれば残された"陰"に狂い、そう経たずとして"気"を無くした肉塊となる。……"気"は、ヒトの生命力に直結する。いずれにしても、俺の先はそう長くはない」


「そん、な……っ」


「いいか。アンタがどんな手を使おうと、俺は"薄紫"を手放すつもりはない。祓い屋を辞めるつもりも、ない。俺が"俺"でなくなる未来を良しとしないのなら、今日を境に、金輪際あやかしとも俺とも関わるな」


「…………」


 ぴしゃりと言い放った雅弥は、これで終いだと口を閉ざす。

 この手は、身体は、確実に雅弥に触れているのに、なんだか間に薄いガラス板があるよう。


(……雅弥が、狂った末に死ぬ)


 そんなの、嫌だ。見たくない。

 けれど雅弥はすでに覚悟を決めている。

 自分の命よりも、"薄紫"を手に祓い屋として滅びゆく未来を、選んでいる。

 なのに"当事者"ではない私がその覚悟を――変えられるはずもない。


 胸が苦しい。

 明日なのか、数十年後なのか。

 いつ訪れるのかわからない、けれども避けられない悲惨な未来を想像して、恐怖が渦巻く。


 ――それでも。


 いつもよりもゆっくりな歩調に合わせて、伝わる振動。あたたかい背。支える腕。

 突き放すような冷たい物言いも、突き詰めれば、私を傷つけまいとしてのこと。

 "見えるだけ"の私に、それ以上を話さなかったのも。"見えるだけ"ではなくなった私に、真実を話してくれたのも。


(ほんっと、優しさが分かりにくいというか、不器用なんだから)


 そう笑んでしまえるほど、私はすでに"雅弥"という存在を知ってしまった。

 ――答えなんて、とっくに決まっている。


「……ねえ、雅弥。私を正式にパートナーにしてくれない?」


「…………は?」


 呆けた声と、止まった足。

 肩越しに向けられた双眸は、いつになく真ん丸になっている。


「ほら、郭くんの時はカグラちゃんの"対価"だったでしょ? そうじゃなくて、今後も一緒に祓い屋のお仕事があった時に同行する、雅弥の正式なパートナー」


「……まさかとは思うが、目を開けて寝ているのか? それとも、ここが夢の中だと勘違いしているのか?」


「ちゃんと起きているし、ここは現実でしょ? 本気でお願いしてるんだけど」


 雅弥はまだ信じられないという顔をしていたけれど、はっと思い当たったようにして、


「……そんなに俺が狂う姿を見たいのか」


「いやいや、そんな趣味ないし。変な誤解しないでよ」


「だが、他に理由が……」


「あるわよ、理由なら」


 私は右手を開いて、鈴を掲げてみせる。


「私、この子の"陽"の気を借りて"念"を祓えていたんでしょ? なら私がいれば、雅弥が祓う数を減らせるかもだし。そうすれば雅弥の"気"を温存しつつ、枯渇するタイムリミットも遅らせられる! って算段よ」


「……っ、だから、アンタがそこまでする理由が――」


「私が嫌だから」


「!」


 息をつめた顔に、"雅弥のためじゃない"と笑みを向け、


「あのね、雅弥。さっきのケーキではないけれど、私ってけっこう欲張りで自分勝手なの」


 視線を路地の先に投げる。

 橙に染まるこの世界は、まるで夕焼けのよう。


「私ね、最近は浅草ってなると、『忘れ傘』のことを思い出してた。けれどきっとこれからは、こうして雅弥に背負われたなって、一番に出てくる気がする」


 ううん、もしかしたら。

 朱塗りの門を見るたびに、子を負ぶう誰かを見かけるたびに。

 きっと私の脳裏には、今、この瞬間が思い浮かぶに違いない。


「私のこの身体だけが"私"じゃないって言ったの、覚えてる? 私を"私"にしているのって、そういう、体験や記憶も含めて"私"なの」


 だから、と優しい肩に、願いと力を込める。


「私が"私"であるために、雅弥には"雅弥"でいてほしい。避けられない未来だって悲観して、何ひとつあがきもせず黙って引き下がるなんて、性に合わないし」


 視線を雅弥に戻す。

 真意を計りかねているのか、その瞳は戸惑いに揺れている。


「雅弥は"薄紫"を手放さないし、祓い屋だって辞めない。私は雅弥に、少しでも長く"気"を残してほしい。その丁度いい真ん中の案が、私をパートナーにすることだと思うの。ね、悪くないでしょ? 私だってほら、自衛出来るすべが出来たわけだし!」


 正直なところ、この鈴がどうして助けてくれたのかも、また手を貸してくれるのかもさっぱりわからない。

 だけどきっと、なんとかなる。根拠はないけど、予感がする。

 私は"薄紫"の松にはなれないけれど、松が折れないよう支える、添え木になら。


「ほら、今なら可愛らしい子狐ちゃんもついてお得よ!」


「……それはそもそも、俺の式だ」


 呟くように指摘して、雅弥がふいと前を向く。


「……アンタはやっぱり、ワケが分からないな」


 大きく上下した肩。

 数秒の間を置いてから歩き出した雅弥が、再び口を開く。


「……俺が何を言ったところで、どうせアンタは諦めないんだろう?」


「! それじゃあ……!」


「言っておくが、アンタの提案を受け入れたわけじゃない。使えない相手を、"パートナー"とするわけにはいかないからな。いいか、暫くはお試しだ。それにもう"依頼者"ではなくなるのだから、自分の身は自分で守れ。俺は俺の"仕事"を優先する」


 一気に畳みかけられる制約。

 けれども私は嬉しさを頬に、「うん、全然いい! 頑張る!」と大きく頷く。

 それからはたと気がついて、


「あ、でも平日は仕事があるから、出来だけ祓い屋のお仕事は夜とか休日に入れてほしいな」

「……本当、どこまでも自由だな、アンタは」


 零す声は嫌悪というより、諦めが強い。

 私は「そこも良いところでしょ?」と満足に笑んで、新たな私達を待つ『忘れ傘』へと思いを馳せた。



 扉を開けたなら、抱き着くようにして出迎えてくれるだろう、大切な温もりたち。

 無事を喜ぶ彼らの「おかえり」を聞いたなら、私は満を持して胸を張り、笑顔でこう告げる。


 ――私、雅弥のパートナーになろうと思います!


 鳴らない鈴の向こう側で、お祖母ちゃんはきっと、「頑張りなさい」と笑ってくれるに違いない。

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浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~ 千早 朔 @saku_chihaya

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