第12話喫茶『忘れ傘』の再会③

 思考を放棄した私はやけっぱち気味に、


「もういいわ、私が悪かったわよ。問題ないのなら、とっととお葉都ちゃんを呼んでちょうだい!」


「……随分と偉そうだな」


「雅弥にだけは言われたくない!」


 私の抗議を華麗に無視して、雅弥は胸元の合わせ目からお守りくらいの小さな紙を取り出した。

 片面に模様のような筆文字が書かれているが、私にはそれがなんなのか検討もつかない。

 すると、右手で摘まんだそれに、雅弥がふっと静かに息を吹きかけた。

 瞬間、その紙がくしゃりと丸まり、ぽんっと小さな音をしたかと思うと、煙の中から掌サイズの白い子狐が現れた。


「……任せたぞ」


 呟く雅弥にこくりと頷いて、子狐が姿を消す。

 雅弥はやれやれといった風に机上の湯呑を手に取り、


「あとは、あののっぺらぼう次第だ。素直に向かってくるのなら、そうかからないだろう」


「今の狐ちゃんが、お葉都ちゃんを連れてきてくれるってこと?」


 私の疑問を引き取ってくれたのは、カグラちゃんだ。


「基本的に、現世うつしよ隠世かくりよの行き来には、鳥居や祠なんかが"境界"になるんだよ。さっきの子が裏庭の祠に案内してくれるから、来たらボクがお迎えにいってくるね」


 丁寧なカグラちゃんの説明に「そうなんだ……。よろしくね」と会釈すると、


「うん、任せて! とゆーことで、今のうちにオーダー聞いちゃうね。気になるのある?」


「ええと、それじゃあ……温かいほうじ茶と、外の看板におススメって書いてあった、あんみつをお願いできる?」


「はーい、承りました! ぱぱっと用意するから、ちょっと待っててね」


 手慣れたウインクをパチリと決めて、靴を履いたカグラちゃんが長い暖簾の奥に消えていく。


(パパっと用意するってことは、厨房もカグラちゃん一人で回してるってこと?)


 心配になった私は「雅弥、雅弥」と呼んで、


「お店のことには携わってないって言ってたけど、この店はカグラちゃんが一人で切り盛りしてるの?」


 雅弥は手にしていた文庫本から一瞬だけ視線を上げ、


「カグラと、もう一人いる」


「もしかして、その人も神サマとか?」


「……気になるのなら、直接聞いてきたらどうだ。どうせ、奥にいる」


「えー……お仕事の邪魔したくないし」


「俺の邪魔はいいのか」


 だってあなたのソレは"仕事"じゃないでしょ。

 そう告げようと口を開いた刹那、


「ええ!? なんだって!」


 突如轟いた、驚いたような男性の声。

 続くようにして、「あっ! 行くならちゃんと終わってからだからね!」と叱咤するようなカグラちゃんの声がして、それから途端に静かになった。


(今の声って……雅弥の言ってた、もう一人の方の声だよね)


 カグラちゃんと同じように、狐さんなのか。

 それとも、雅弥みたいに神様やあやかしをよく知る、人間なのか。

 姿の見えない男性の素性を空想しては打消していると、程なくしてバタバタと駆け足で向かってくるような音がした。


 ん? と思った矢先。上がり口に、息を切らした白衣の男性が現れた。

 目尻が下がった、優しい風貌の人だ。歳は私より上だと思う。

 高い位置にある頭に手を伸ばし、白い和帽子をとると、アッシュグレーに染められた短髪と、両耳に一つずつ付けられた黒いピアスが現れた。

 つい、およ、と若干身構えると、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げて、


「すみません、突然、押しかけてしまって。カグラちゃんから雅弥様のパートナーとなった方がみえたと聞いたので、ご挨拶をと思いまして」


「え? パートナー?」


「……カグラのやつ」


 重々しいため息を吐き出した雅弥は、即座に「違う」と否定してくれたけど、男性はきょとりとした顔で、


「一緒にのっぺらぼうさんの困りごとを解決してあげる、"パートナー"様ですよね?」


 ああ、そういう意味。

 納得した私が「はい、そうです」と答えると、男性は「ほら、やっぱり!」と笑顔を咲かせて、


「俺はここで主に厨房を担当している、宇賀原渉うがはら わたると申します。どうぞ、お見知りおきを」


 差し出された右手をとって、私も「柊彩愛です。お世話になります」と握手を交わす。

 それからいてもたってもいられず、


「その……気を悪くされたらごめんなさい。宇賀原さんはヒトですか? それとも……」


「渉でいいですよ。ああ、カグラさんから聞いたんですね。俺は人間です。ちなみに雅弥様や彩愛様とは違い、あやかしも全く見えません。昔から、好かれはするらしいんですけどね」


 苦笑交じりに頬を掻く渉さんに「え? 一度も?」と尋ねると、


「ええ、そうなんですよね。あやかし関連の騒動は何度か経験しているのですが、カグラさんみたいに人間に化けていてくれないと、全然見えないんです。お恥ずかしながら、ホラーとか苦手なタチなので、逆によかったのかもしれないですけど」


 そう、肩を竦めた渉さんの背後。


「渉のそれは、一種の才能だからねえ」


 食器の乗るお盆を持って現れたカグラちゃんの隣で、薄い紫色の着物を纏ったお葉都ちゃんが「お招きありがとうございます。彩愛様、雅弥様」と頭を下げた。


「わ、お葉都ちゃん! 昨日ぶりー!」


 思わず立ち上がり駆け寄った私は、お葉都ちゃんの手を取る。


「よかったー、来てくれて!」


「本当にお呼びいただきまして、なんとお礼を申し上げていいやら……」


「え? それってまさか、お葉都ちゃんまで私を疑ってたってこと……?」


「いいえ。厚かましくも、必ずお呼び頂けると信じておりました。ですのでいつお呼ばれされても向えるよう、朝から気に入りの服を着て待っておりましたが……こんなにも一分一秒が待ち遠しく思えたのは、随分と久しぶりです」


 ふふっと、はにかんだように首を傾けたお葉都ちゃん。

 気に入りというお着物は、とても綺麗な藤色をしていて、お葉都ちゃんの白い肌がより艶やかに見える。


(あ、そういえば)


 薄い紫色といえば、雅弥はあの万年筆を刀に変えるとき、"薄紫"と言っていた。

 刀の名前……なのかな。

 見えていないだけで、きっと今も、どこかに隠し持っているのだろうけど……。


(でもま、今はあの不思議な刀のことよりも)


 思考を目の前のお葉都ちゃんとの再会に戻した私は、「座って座ってー!」と促して、少しだけ考えてから座席を雅弥の対面に変えた。

 私の自己満足だけど、お葉都ちゃんが雅弥の対面に座るには、居心地が悪いだろうと考えたから。


 お葉都ちゃんがしずしずと下駄を脱いでいるうちに、私の移動に気づいたカグラちゃんが、さっと私のいた机を拭いてくれる。

 ごめんね、とこっそり口にすると、ううんとカグラちゃん。

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