第42話歓迎されない来訪者②

「あのね、お葉都ちゃん。その……申し訳ないのだけど」


 しどろもどろに切り出した私に、お葉都ちゃんが首を傾げる。


「いかがされました? 彩愛様」


「その、ヒトのモノって、隠世に持っていくには色々と危ないんでしょう? 雅弥に隠世の小袋を用意してもらおうと思ったのだけど、お葉都ちゃんには必要ないって、バッサリ断られちゃって……」


 貴重なモノだから簡単にはやれない、とか。そうした理由すら教えてもらえずに、たった一言で却下だなんて。

 不満にじとりと奥に座る雅弥を見遣るも、我関せずと手にした本を追っている。

 と、お葉都ちゃんが思い当たったといった風にして、


「そういうことでございましたか」


「え?」


 疑問の目を向けた私に、お葉都ちゃんは目元を柔らかく緩めた。

 安心させるような眼差し。


「彩愛様。その点につきましては、ご心配には及びません」


 細くなだらかな指先が、帯の隙間から小紋柄の布を引き出す。

 小さく折り畳まれたそれが開かれると、その形状は――。


「お葉都ちゃん、それってもしかして……!」


「はい。隠世にて織られた小袋にございます」


 ど、どうしてそれを?

 訊ねかけて、私は咄嗟に口を噤んだ。

 お葉都ちゃんは隠世の住人なのだし、有事の際の小物入れとして、巾着を持ち歩いていてもおかしくはない。


「よかった、お葉都ちゃんが小袋を持っていてくれて」


 運が良かったと告げる私に、お葉都ちゃんはくすりと笑った。


「彩愛様。私がこの小袋を持っているのは、雅弥様のお陰にございますよ」


「雅弥のおかげ? え? どういうこと?」


(まさか雅弥、私がプレゼントを渡そうとしてるって、事前にお葉都ちゃんに伝えて……?)


 ――ううん、それはない。

 雅弥は私がサプライズで渡そうとしてるって知っていた。

 理由もなく計画を潰すような、無粋な真似はしない。


 それに、さっきのお葉都ちゃんの反応は、知っていた上での演技という風でもなかった。

 すると、ぷはっと噴き出す声がした。カグラちゃんだ。


「雅弥はねえ、不器用で回りくどいからねえ」


「……カグラ、聞こえているぞ」


「だって隠すつもりないもーん」


「雅弥様がお優しいのは、俺もよく存じ上げています!」


 食い気味に挙手する渉さんに、私はますます首をひねる。


(ん? ん? まって全然わからないんだけども?)


「……もしかして、雅弥。私には冷たいこと言いつつも、こっそり先に渡してくれてたなんてオシャレな技を……?」


「違う。……だいたいなんだその"技"というのは」


「じゃあ、どうして小袋があるの?」


 一瞬、ためらったように瞳が揺れた。

 眉根を寄せた雅弥は、しぶしぶ本を閉じて、


「……先日のアンタの一件で、貴重な一枚を手放したからな。目の前に"伝手つて"があったから、取引をしたまでだ」


「あ、なるほど。自由に隠世と行き来できるお葉都ちゃんに、頼んで買ってきてもらったってこと」


「そうではない。言ったろう、"取引"だ」


 最小限で動いた黒いまなこが、すいと私を見上げた。


「アレは反物屋たんものやの娘だ」


「…………へ?」


(お葉都ちゃんが、反物屋の娘……?)


 風を起こす勢いで振り返る。と、お葉都ちゃんは静々と会釈して、


「はい。私の家ではお仕立て用の生地をはじめ、反物を使用した小物なども並べております」


「ってことは、その小袋もお葉都ちゃんのトコの……?」


 お葉都ちゃんは「そうでございます」と首肯すると、


「このたび、雅弥様からのご要望により、僭越せんえつながらいくつか見繕わせて頂きました」


 ですが、と。

 お葉都ちゃんは袖先を口元に寄せて、微笑まし気に瞳を和らげる。


「お渡しした中で、私がいっとう好んでいるとお伝えしたこの小袋だけは、お引き取り頂けず。ご趣味に合わなかったのだと思っておりましたが……彩愛様からの贈り物を見込んで、私に持たせてくださったのですね」


「え……? あ……、そういうこと!?」


 雅弥が私に『必要ない』と言ったのは、お葉都ちゃんが小袋を作っている反物屋さんだから、こっちで用意する必要はないって意味で。

 おまけに今日、私がプレゼントを渡すのに合わせて、それとなーく注文して。

 さらには返却を装って、お葉都ちゃん好みの小袋を秘密裏に用意してくれてたっていう……?


「……なにその極度に回りくどくてオシャレな技っ!!」


「だからなんだその"技"というのは」


「ねえだから言葉がさ……言葉が足りないんだって、雅弥はさ……。ううん、でも今回はそれが功を奏したというか。でもやっぱりさり気ないを通り越して、回りくどいが勝っちゃうっていうのがまた雅弥らしいというか」


「言っておくが、アンタやアレの為ではないからな。どうせアンタは、俺は止めたところで聞かないだろう。そのまま隠世に持ちこんで、警備隊のやつらに余計な難癖つけられるのは御免だ。あくまで俺は俺の為に――」


「ありがとう、雅弥」


 告げた礼に、雅弥がぐっと言葉を飲み込む。

 それでも何かを言いたげに顎先を上げたけれど、諦めたのか、盛大に息を吐きだして、


「……アンタにしては珍しく、暴走する前に報告してきたからな。……その褒美だ」


「なんか随分と主人感のある物言いね。私いま気分いいし、"ご主人様"って呼ぶ?」


「やめろ、虫唾が走る」


 ともかくだ。雅弥は目つきを鋭く細め、


「今回は目をつぶるが、あやかしにそうホイホイと現世のモノを渡すな」


「そっかあ……考えてみたら、いくら小袋があっても使う時には出さないといけないものね。私もお葉都ちゃんを危ない目に遭わせたくはないし……」


 今更ながら、迂闊うかつなプレゼントをしちゃったのかも。


(どうしよ……、向こうに持って帰ってもらうんじゃなくて、『忘れ傘』に置いておいてもらうとか……?)


 カグラちゃん、と私が交渉のため口を開こうとした刹那。


「彩愛様」


 呼ぶお葉都ちゃんの声に、顔を向ける。

 彼女は両の瞳に慈愛を携えて、


「近頃の隠世では、現世のモノも多く目にするようになりました。それに、そもそも私自身がこちらとあちらを頻繁に往来しておりますし、ヒトの気配を理由に危害を加えようとするモノがいるのならば、それはこのべにを起因とするものではございません」


 優しい指先が、そっと私の手を包み込む。


「私の些細な言葉を覚えてくださったこと。こうして贈り物としてご用意くださったこと。私を気遣う彩愛様のお心すべてが大変にありがたく、これまでにない喜びを感じております。このべには、後生大事にさせていただきます」


「お葉都ちゃん……」


 嘘のない、私を安心させようとする言葉が、包まれた掌からじんわりと沁みて、心中の迷いを打ち消していく。


(……お葉都ちゃんが、そう言ってくれるのなら)


「ありがとう、お葉都ちゃん」


 優しい彼女の、大人な心遣い。

 甘えさせてもらおうと決めた私に、お葉都ちゃんは「礼を告げるべきは私にございます。それに」とお揃いのローズピンクの唇を吊り上げ、


「こうして顔を得たものの、私は"のっぺらぼう"の一族にございます。それなりに腕が立ちますので、ご安心ください」


 一瞬で人の心を蕩けさせてしまいそうな香り立つ笑みで、お葉都ちゃんは自信満々に言い切る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る