第43話歓迎されない来訪者③

 見惚れていいのか、感心していいのか。


「そ、そうだったんだ……」


 半ば心あらずな状態で呟くと、カグラちゃんが「そうだねえ」と人差し指を頬に寄せて、


「ヒト型を保てるあやかしは、もともと妖力が高いからねえ。おまけに"化け術"を使うにしても、自身の妖力を結晶化するにしても、見合うだけの知識と力がなくっちゃ」


「妖力の結晶化?」


「お葉都ちゃんで言うと、そのかんざしの赤玉だね。それと、彩愛ちゃんの耳についている、あの子の耳飾りもそうだよお」


「え!? これって宝石とかガラスとかそういうのじゃなかったの!?」


「ある程度以上の力を持ったあやかしは、自分の妖力を結晶化して、その"器"に出来る限りの妖力を保存しておくんだよお。術で必要になった時とか、体調が悪いなーって時の補給用にね」


 あやかしはヒトと違って、怪我や病気を薬だけじゃ治せないからねえ。

 肩をすくめて笑むカグラちゃんの横で、渉さんが「あやかしも万能ではないんですね」と顎先に手をやる。


 ――って、ちょっと待って。

 この耳飾りを手放しちゃった郭くんは、妖力の保存も、補給も出来ないってことじゃあ……?


(それであの時、雅弥が本当にいいのかとかなんとか言ってたんだ……!)


「ど、どうしよ! 私、知らないで貰っちゃって……っ! このままじゃ郭くん、体調悪くしても回復出来なくなっちゃう……!」


 あたふたと耳飾りを外そうとした私に、カグラちゃんが「まあまあ」とのんびりほほ笑む。


「あの子が渡していくって置いて行ったモノだし、彩愛ちゃんが気にすることはないよお。もう一つは自分で持っていったしね」


 それよりも、とカグラちゃんは軽やかに立ち上がって、


「今日はお葉都ちゃんの、記念すべきお披露目会だからね! 渉に用意してもらったケーキがあるから、皆で食べようー!」


 コーヒーと紅茶、どっちがいい?

 いつもの調子で尋ねるカグラちゃんに、私も暫し考えてから、思い直す。


(……うん。私は隠世に行けないし、これは、次に郭くんに会えた時に返そう)


 ――もしかして郭くんは、約束を"絶対"にしたくって、わざとこれを私に渡して行ったのかな。


 一瞬、そんな疑問が浮かんだけれど、答えは郭くんしか知り得ない。

 だからこの問いも"次"にとっておこう、と。

 そっと胸中に収めて、耳飾りから手を離す。


「それじゃあ、私は紅茶がいいなー。お葉都ちゃんは?」


 と、渉さんが立ち上がった。


「では俺は、ケーキの準備をしてきますね。最後の仕上げを完成させてきます!」


「それでしたら、私も手伝いに……」


 上り口へと向かう渉さんを追うようにして、即座に立ち上がるお葉都ちゃん。

 気づいた渉さんは「いえ」と足を止めて、


「お葉都さんはこちらで待っていてください。お葉都さんのお祝いなんですから!」


「そーだよお。頑張り屋なお弟子ちゃんの晴れ舞台だもの! 今日は師匠のボクが頑張るから、お店のことはお休みして、ゆっくり楽しんで。彩愛ちゃんにお化粧のこととか聞きたいって言ってたでしょ?」


「カグラ様……それは……っ」


「そうなのお葉都ちゃん? いいわよ何でも聞いて! あ、私にも隠世のお化粧事情、教えてくれる?」


 お葉都ちゃんはぱあと顔に花を咲かせて、


「もちろんにございます……!」


「うんうん。ボクも後で混ざろーっと! それで、お葉都ちゃんはコーヒーがいい? 紅茶がいい?」


 尋ねるカグラちゃんに、「……ありがとうございます、カグラ様、渉様」とお葉都ちゃんは頭を下げてから、


「恐縮ながら、私もお紅茶をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はいはーい! ぱぱっと準備してくるから、またいっぱいお喋りしよーねえ」


 ぱちりとウインクを飛ばしたカグラちゃんと渉さんが、靴を履き、厨房に向かおうと背を向けた。

 瞬間。


「わっ!?」


 声を上げたのは渉さんで、それは彼の隣で突如、ぽんっと白煙が上がったから。

 見ればカグラちゃんに、髪と同じ銀色の狐耳と尻尾が出現している。


「――どうした、カグラ」


 尋ねる雅弥の声に、微かな緊張。

 それもそのはず。カグラちゃんは先ほどから異変を察知した獣のように、廊下の先をじっと見つめていて、微動だにしない。


「カグラ」


 焦れたようにして、雅弥が低い声で重ねる。

 カグラちゃんは相も変わらず廊下の先を睨んだまま、


「――残念だけど、お祝いはいったん小休止だね」


 ピンと立つ銀の耳が、音を拾ったようにふるりと揺れた。

 透き通る金の眼が、不満を乗せてこちらに向く。


「歓迎したくない来訪者だ」


 いつもにはない剣呑さに躊躇した、その時。


「――相変わらず冷たいな、藤狐。ここは茶店であろうに」


 ゆるりと紡がれる、どこかわざとらしい落胆。

 その男の声を"ヒトではない"と直感的に悟ったとほぼ同時に、上り口に姿が現れた。


 肩の位置で結われた、ホワイトブロンドの髪。

 纏っているのは白いシャツに、黒いベストとズボンとスーツの洋服。

 けれども肩にひっかけるようにして、黒地に赤い柄がはいった着物を羽織っている。


「あいにく、今日は臨時休業だよ」腰に手をあて嫌そうに言うカグラちゃんに、

「なんと、それは間が悪い」口先だけで残念ぶる男。と、


「何の用だ――壱袈いちか


 立ち上がった雅弥が、睨むようにして両目を細める。

 刹那、赤い瞳がこちらを向いた。

 お葉都ちゃんのそれとも違う、深くも透き通った、赤い目。


「おお、雅弥。久しいな」


「挨拶はいい、要件はなんだ」


「そうつれなくするな。俺とお前の仲であろう?」


(え、なになに。なんか親密というより、ただならぬ雰囲気なんだけども……!)


 意味ありげな余裕たっぷりの妖しい笑みと、刀なくとも斬り祓えそうな鋭い睨みが見つめ合う。

 雅弥は基本的に、好意を伝えるにも遠回しだし。

 なんなら雅弥にその気はなくとも、この壱袈と呼ばれた彼は、明らかに巨大な矢印を向けているし。


(これはまさか、もしかしてもしかしたりするんじゃ……!)


 二人の知らぬ過去をうっかり妄想しかけた刹那、


「い、壱袈様……っ!」


 どこか怯えるようしてお葉都ちゃんが膝を折り、姿勢を正すと深く頭を下げた。


「おや? そのほうは……」


 ついと座敷に上り、お葉都ちゃんへと歩を進めた彼が、その頭前で足を止める。

 距離を詰めるようにして膝を曲げると、にいと瞳を三日月に緩めた。


「……そうか、とうとう"顔"を得たか」


 のっぺらぼう、と発する声に、お葉都ちゃんがびくりと肩を震わせる。


「いかにも、のっぺらぼうがお葉都と申します。私を、ご存知で……?」


「隠世に馴染みある気配が頻繁に出入りしていたからな。当然、調べている。ああ、そう怯えずとも良い。そのほうに"法度破り"はないとしてある」


 そうだろう、雅弥?

 どこか含みをはらんで、流された視線。

 雅弥は剣呑に双眸を細め、


「そうだ。必要があればそちらに送るか、俺が斬っている。……要件はそれか。なら答えたのだから、帰れ」


「まったく、忙しい身ながら寸暇を惜しんで尋ねてきたというのに、茶のひとつも付き合ってくれんとは」


「忙しいのならば余計に帰れ。下のやつらが不憫だ」


「不憫か。くくっ……思ってもないことを」

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