第21話"護り"と対価①
恋しい『忘れ傘』の扉を開いた途端、私の姿に気づいたお葉都ちゃんが一目散に駆け寄ってきた。
「い、一体どうされたのですか彩愛様、その首……っ!」
揃えた両の指先を口元にやり、わなわなと肩を震わせ絶句するお葉都ちゃんに、私はへらりと曖昧な笑みを浮かべた。
病院帰りなこともあって、私の首には白い包帯がぐるりとまかれている。
とはいえ、ストールでうまく隠していたつもりだったのだけど……。
「こうも簡単にバレちゃうとは……私のコーデ
月曜までにもっと研究しなきゃ。
そう意気込んだのもつかの間、続けて現れたカグラちゃんが「彩愛ちゃーん! 心配したんだよおー!」と抱き着いてきた。
「ええと、こんにちは二人とも。なんだか久しぶりな感じ!」
「ご挨拶を交わしている場合ではございません、彩愛様! その痛ましいお首はもしや、あの嫉妬の気を寄こしてした女の所業では……っ! お任せください彩愛様。ここは私めが彩愛様のご無念を果たしに……!」
「どうどうお葉都ちゃん。ご無念って私まだ生きてるし、普通に元気だから! それに、人間に危害を加えたら駄目なんでしょ? 下手なことしたら、今度こそ雅弥に斬られちゃうかもだし……」
「幸運にも救って頂いたこの命。彩愛様の為に尽きるというのであれば、本望にございます!」
「ええーちょっとホント落ち着いてって! カグラちゃんも一緒に止めてー!」
店から飛び出す勢いのお葉都ちゃんの腰に抱き着き、カグラちゃんに助けを求める。
けれどカグラちゃんはコテリと小首を傾げ、
「でもでも、大事な大事な彩愛ちゃんを傷つけられて、ボクもオコだからなあ」
いやまあ二人とも、私のために怒ってくれるのは嬉しいんだけども!
「だめだめー! 私はまだまだお葉都ちゃんともカグラちゃんとも、楽しくお喋りしたりお茶したりしたいんだからー!」
さすがはあやかしと言うべきか、力が強い。
じりじりと引きずられながらも必死に「お願いお葉都ちゃん! 私のためにここにいて!」と懇願すると、やっとのことでお葉都ちゃんは歩を止めてくれた。
「……彩愛様が、そうおっしゃるのでしたら」
私に向いた
ともかく、これでお葉都ちゃんが雅弥に斬られることはなくなった。
安堵の息を零した私の両手を、お葉都ちゃんが「ですが……」とそっと握った。
「可能な限りで構いません。どうか、私の知らぬ場にて何が起きたのか、ご説明くださいませ」
「ボクも聞くー!」
元気に挙手するカグラちゃんに、私は「ん?」と疑問を浮かべ、
「カグラちゃんは今回のこと、雅弥から聞いてるんじゃあ?」
「ボクは"雅弥の知ってる部分"しか知らないもの。彩愛ちゃんがどうやって襲われたのかとか、そもそもなんで恨まれてたのかとか、細かいところはさっぱりだよ」
あ、なるほど確かに。
新垣さんに任せたあの後、雅弥は私の家まで送ってくれたけども、ちゃんと病院に行くよう念押ししただけで、高倉さんについては何も尋ねてこなかった。
今回の事件の始まりから最後まで、すべてを知っているのは、私だけ。
私は「わかった」と肩を竦め、
「ちゃんと説明するから、まずは席について落ち着きましょ。注文だってしたいし」
「そうでございました。ささ、こちらへどうぞ彩愛様」
「んじゃ、ボクはメニュー表とお冷の準備してくるねー!」
私から了承を引き出したからか、テキパキと動き出した二人。
そんな働き者な後ろ姿を見遣りながら、私はこっそり苦笑を零す。
こうして純粋な好意に包まれて、大切にされるのは、嬉しいけれどなんだかくすぐったい。
(……さあて、どう説明しようかなあ)
誠意には誠意で返さなくちゃ。
けれども"不本意な仕返し"を防ぐためにも、登場人物の"誰か"が二人の逆鱗に触れないようにしないといけない。
「そういえば、お葉都ちゃんの"顔"の方はどう?」
それよりも、とずっと気になっていた疑問を口にすると、
「お陰様で、だいぶコツを掴んでまいりました。ですが彩愛様にお披露目するには、もう暫しお時間を頂きたく……」
「待つ待つ! じっくり励んでね、お葉都ちゃん。にしても、まだ稽古中なのに、もうお店の手伝いを始めているの?」
お葉都ちゃんは少しだけ恥ずかしそうに「ええ」と頷いて、
「上手く化けれるようになった
「……お葉都ちゃんって、本当に勤勉だし誠実よね」
私ならきっと、"化け術"の完成ぎりぎりまで始めない。
見習わなくちゃと尊敬の眼差しを向けるも、お葉都ちゃんは「いえ」と首を振って、
「これまで、ただひたすらに御恩を受け続けていたのですから。少しでも早く返さなくては、バチが当たります」
お葉都ちゃんが「さあ、どうぞ」と案内してくれたのは、すっかりお馴染みとなってしまった座敷の間。
ありがとう、と上り口から覗き込んだ刹那、私は思わず頭を垂れた。
「……いたんならさあ、ちょっとは助けてくれたっていいじゃない」
ここならば、出入口付近での攻防も聞こえていたでしょうに。
恨めしく思いながらジト目を向けるも、雅弥は涼しい顔のまま手にした本から目も上げず、
「頼まれなかったからな」
……ええ、そうですね。
名指しでお願いしなかった私が悪うございました!
(って、そもそも雅弥に期待するだけ無駄か……)
靴を脱いで上がり、対面の席で膝を折る。
ここ最近、すっかり定番化してしまった位置。
「カグラ様のお手伝いをして参ります」と会釈したお葉都ちゃんを振り返りながら見送って、再び顔を戻す。
と、ちろりと上げられた視線とぶつかった。
「……約束通り、診てもらったようだな」
「ええ、ちゃんと行ってきたわよ。喉の痛みもないし、現状問題なし。首の跡も、暫くしたら消えるだろうって」
「……そうか」
再び本へと視線が戻る。
問題ないのなら興味ない、という素っ気ない態度が、先ほどひと悶着あった身としてはなんだか妙にありがたい。
(……そういえば、まだお礼言ってなかった)
助けてもらったのもそうだし、家まで送ってくれたのも、そう。
あの夜は思っていたよりも気が動転していたようで、玄関先で告げられた『じゃあな。さっさと寝ろ』と指示めいた物言いに、頷くだけで帰してしまった。
「あの、さ……」
ためらいがちに口を開いた、その時。
「彩愛様あああああ!」
轟いた悲鳴と、駆けてくる足音。
跳ね上がる勢いで「なになにっ!?」と振り返ると、上り口に息を切らした涙目の渉さんが現れた。
「あ、あああ彩愛様っ! いまカグラさんに聞きまして、首をお怪我されたとか……本当に、あああどうしましょうか! あ、そうでした今すぐに布団の準備を……!」
「渉さんも落ち着いて! 大丈夫ですから! ピンピンしてますから!」
「ですが万が一という可能性も」
「ちゃんと診断受けてきました! 問題なしです!」
バッチリ! と親指を立てて頷いて見せるも、渉さんはへにょりと眉尻を下げて、
「しかし……本当にお部屋を用意せずともよろしいのですか、雅弥様」
「……本人が問題ないと言っているんだ。放っておけ」
よし! 雅弥、ナイスフォロー!
これで渉さんも沈静化すると思いきや、カグラちゃんとお葉都ちゃんがそれぞれお盆とメニュー表を手に戻ってきて、
「お待たせ彩愛ちゃん! さ、これでお話できるね!」
「どうか、可能な限り、真実をお話くださいませ」
「あの、彩愛様。俺もこのままでは仕事に手が付きません。出来ることは何でもしますので、この場に留まらせて頂けませんでしょうか」
詰め寄るようにして向けられた、三人の面。
うん、圧が。圧が強い。
店に他のお客様はいないし、雅弥は知らん顔で我関せずを貫いている。
なら、いっか。聞こえているのに駄目だと言わないのなら、容認しているも同然でしょ。
私は「……そうね」と腹を括り、
「三人とも座って。下手な説明でも、許してよ」
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