第20話襲撃と"念"祓い⑤

「ともかくだな」


 プツンと睨み合いを止めた新垣さんが、私にその目を向けた。


「雅弥の知り合いってなら、渉のことも知ってんのか?」


 その口から飛び出してきた名前に驚きつつ、「あ、はい」と首肯すると、


「なら話が早えわ。俺、渉の幼馴染。身元に不安があったら、渉に聞いてくれ」


「え!? 渉さんの……幼馴染……?」


 意外。だって、あの物腰柔らか紳士然たる渉さんと、このいかにも体育会系ちょっとガラ悪刑事さんが、幼馴染って。


(この二人、小さいころとか何して遊んでたんだろう……)


 中遊び好きと外遊び好きってイメージだけども。

 渉さんが外遊び好きなのか、新垣さんが中遊びも得意なのか。

 うっかり空想でタイムスリップしかけた私を、「んで?」と尋ねる声が引き戻す。


「こっちの倒れているおねーさんが、今回の元凶か?」


 新垣さんが膝を開いた、所謂"ヤンキー座り"の体制でしゃがみ込む。

 と、高倉さんの横顔を覗き込んで「うげ……これまたひでえ有様だな」と顔を歪めた。

 雅弥は二人を見下ろしたまま、


「ああ。"念"の宿主だ。……今回は、そこまで大事に至らないだろう。引き剥がしてから斬ったからな」


 途端、「へえ?」と新垣さんが驚いたように顔を上げ、


「効率重視のオマエが、珍しいじゃねえか」


「……面倒な奴がいたからな」


「面倒な奴?」


 疑問に宙を見上げる新垣さん。

 数秒すると、「あ」と理解したように私を見て、


「そーゆーことか。雅弥を手懐けるたあ、根性座ってるじゃねえの」


「え、私って雅弥を手懐けてたの?」


「手懐けられた覚えはない」


「なんだ、ちげーの? ま、とりまコイツを制御してくれんなら、有難いことに変わりはねーけどよ。こっちだって、毎回毎回誤魔化して処理するの大変なんだかんな」


 後半は雅弥にジト目を向けて。けれども雅弥は、いつも通り平然としている。

 新垣さんは諦めたように息をついた。


「そんで? えーと、彩愛さんだっけか。どうする?」


 お伺いを立てながら傾げられた小首に、私もつかれて首を傾げながら、


「どう、とは?」


「まあさ、これから俺は後処理をするんだけども、今回は"たまたま散歩していたら人が倒れていた"あたりにすっかなって考えてんの。で、とりま救急車呼んで、このおねーさんを運んでもらう。それと、精神鑑定もだな」


「精神鑑定、ですか……」


「そ。実際、"念"関係でおかしくなったヤツってのは、実際にも病んでる場合がほとんどだからよ。たぶんこのおねーさんの"奇行"も、精神面の問題ってことになるだろうな。とはいえ、罪は罪だ」


 それ、と。

 新垣さんは鋭い眼差しで、私の首元を指差した。


「っ!」


 そうだ、首……! 忘れてた……っ!

 咄嗟に首を両手で覆うも、新垣さんは硬い表情で、


「やったの、このおねーさんだろ。どうする? 一緒に救急車待ってもらって、錯乱したおねーさんが突然襲ってきたって方向で話合わせてもらうか、後から"被害者"として、自分で通報するか。どちらにせよ、彩愛さんも早いトコ病院でちゃんと診てもらわねーと……」


「あ、あのっ!」


 思わずボリュームの上がってしまった声。

 慌てて片手を口元にずらした私は、「すみません」と声を潜め、


「私のコレは、無かったことにしてもらえませんか? その、身体も全然平気ですし、これは……私の"罪"なので」


「は? 本気で言ってんのか? 冗談だろ?」


「いえ、本気でお願いしているんです」


「んなっ……そーか分かったぞ。知り合いなんだな? このおねーさんと。そんでなんか弱みを握られてるって線か」


「いえ、ホントに違くて……」


 どうしよう、また一から説明しないといけないのかな。

 どこから話すべきかと頭を捻っていると、「……こいつのことは、いい」と呆れたような声がした。

 雅弥だ。新垣さんは跳ねるように顔を向け、


「いいって、実害出てんのに見なかったことにはできねーし……」


「だから、この"事件"としては"無かった"ことにしろと言っているんだ。こいつは確かに首を絞められた。だが、この女の"事件"とは関係ない。そういう事だ」


「だあああ、イキナリんな小難しいこと言われたって……ちょっと待ていま整理すっから」


 頭を抱えた新垣さんが、ぶつぶつと雅弥の言葉を繰り返す。

 ほどなくして頭を掻き、


「んあー、あんまやりたかねえけど、しょうがねえなぁ。ともかく、彩愛さんはなんか適当に理由つけて病院で診て貰えよ。後から実はヤバかったなんてなったら、いいように言いくるめられて見逃した自分を恨むからよ」


「言いくるめられているという自覚はあるんだな」


「おまっ、まじ俺のこと馬鹿にしすぎだろ? おめーみてえなガキと違って、俺は大人なんだよ」


 よっこらせ、と立ち上がった新垣さんが、親指を立てて歯を見せる。

 おお、清々しいドヤ顔なんて、久しぶりにみた。

 その眩さに胸中で目を細めながら、私は「ありがとうございます」と頭を下げた。


「病院には、必ず行ってきます。ですからその……この人のこと、よろしくお願いします」


「ん、任された。やっぱ知り合い?」


「……会社の、上司で」


「なるほどな。したら、このハンカチはどうする? 今のうちに彩愛さんが自分で回収するか、救急車が到着する直前に俺が回収しとくかだけど」


「……少しでも"顔"を守ってあげたいので、お願いしてもいいですか?」


「ん、了解。んじゃあせいぜい、この調子で雅弥を抑えて、俺の面倒事を少しでも減らしてくれよ」


 そう言うと新垣さんはズボンのポケットを漁り、「あぶね、まじスマホだけでも持って来てよかったわ」と取り出した。


「……いくぞ」


 雅弥が私の横を通り、促す。


「俺達はもう、ここに居るべきじゃない」


 うん、そうだ。誰かに見つかってしまったら、せっかくの新垣さんの好意を、潰すことになる。

 私は慌てて鞄に駆け寄り、肩にかけた。

 私物が路地に落ちていないかざっと見渡して、歩き出した雅弥の背を追いかける。


 新垣さんは、さっそくと救急車を要請してくれているらしい。

 先ほどまでとは違い、どこか業務的な声に顔を向けると、私の視線に気付いた新垣さんは片手を上げ、唇だけを「きをつけてな」と動かした。


 すみません、よろしくお願いします。

 そんな気持ちを込めて私は会釈を返し、いまだ伏せたままの高倉さんを見遣る。


(……あれだけねちっこいんだもの。どうせすぐに戻ってくるんでしょ)


 どこか願うような心地で高圧的な彼女の姿を思い描き、暗がりを行く雅弥の背を追いかけた。

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