第23話"護り"と対価③
「ちがっ、雅弥が謝る必要なんて、ひとつもないってば。昨日も言ったけど、これは全部私が招いた結果で――」
「俺は、知っていた」
「え……?」
「カグラが女の気を
雅弥の眉間に、後悔の皺が寄る。
「さっさと大元を探るなり、護衛をつけるなり、"祓い屋"としてすべきことはいくらでもあった。俺の怠慢が、アンタを傷つけた。すまない」
黒い頭が、静かに下がる。私はフォークを置いて、告げるべき言葉を探していた。
この謝罪はきっと、"祓い屋"としての
そう感じるからこそ、拒んでは駄目だと思う。
だから私は悩んだ末に、「ありがとう」と口にした。
雅弥が顔を跳ね上げる。
は? と言いたげな驚き
「雅弥が……"祓い屋さん"がいなかったら、私はきっと、ここにいることも無かった。助けられたのよ。私は、アナタに」
雅弥が来てくれなかったら。雅弥があと、数十秒でも遅ければ。
私の喉はあのまま潰されて、二度と酸素を吸い込むことはなかっただろう。
「それに、私を気遣ってくれたからこそ、"念"を引き剥がすチャンスをくれたんでしょ? 一歩間違えれば自分の命が危ないのに、それでも私の我儘を優先してくれた。本当に、心から感謝してる」
だから、と。
私はちょっとだけ悪戯っぽく笑んで、
「"次"は、アナタの納得いくやり方で助けてね」
夜を閉じ込めたような雅弥の瞳が、戸惑いに揺れた。
「責めないのか」
「責めて欲しいのなら、そういう演技も出来るけど。やる?」
「いや、いい」
雅弥は即座に首を振ってから、
「……"次"と言うが、俺としては、アンタにはさっさと厄介事から手を引いてもらいたい」
「それってもしかして、お葉都ちゃんのことも含んでる? それならちょっと、約束は出来ないなあ」
「わかっている。だから面倒なんだ、アンタは」
隠す気など微塵もない、大きなため息。
うんうん、いつもの雅弥だ。
私は「ごめんね、面倒で」と肩を竦めてみせてから、再びフォークを手に取った。
面倒だ、やめろと言いつつも、本気で妨害してこないのだから、雅弥はなんだかんだ面倒見がいいと思う。
(とはいえ、まさかあんなに一方的になるなんて……)
キックボクシングでも始めたほうがいいかなあと思案しながら、チーズケーキをひとくち。
ハプニングまみれの幼少期だったこともあって、両親から護衛術はあらかた叩き込まれている。
実際、大の男相手にそれで切り抜けた経験もあるのだけど……。
あの時の高倉さんは、びくともしなかった。
(また似たようなことが起きないとも言い切れないし、反撃のひとつでも出来るくらいにはしておいたほうが……)
雅弥に助けてもらわずとも、逃げれるようにならないと。
……助けといえば。
「そうだ。お葉都ちゃんとの護衛とか、今回助けてもらったのとか、もろもろ含めて私はいくら支払ったらいいの?」
「……払う気、あったのか」
「"仕事"してもらったんだから、当然でしょ。いやまあ、ついうっかりしてて聞くのが遅くなっちゃったのは申し訳ないけど。こういうのってやっぱ、現金オンリーよね? 金額によっては引き出しに行かないとだから、早めに教えてほしいんだけど」
お葉都ちゃんの件はともかく、高倉さんについては"念"を斬ってもらったうえに、事後処理まで頼んでいる。
こういう業界の相場なんて知らないけど……命を懸けているのだから、数十万円したって不思議じゃない。
入社時からコツコツ貯めていて良かった。
内心で過去の自分に拍手を送りつつ、
すると、雅弥は程なくして、
「……いや。俺には、必要ない」
「必要ないって……え? 本気?」
「のっぺらぼうの件は、元より"祓い屋"としての仕事をしていただけだ。おまけに何一つ、祓ってもいない。護衛に関しては、アンタを説得しきれない俺の対応策だ。今の所、アンタもアレも律儀に約束を守り、ウチでしか会っていないだろう」
「そりゃ、お葉都ちゃんを斬られたら嫌だし」
「店に集えば注文もしていくし、結果として俺の利になっている。それでいい」
「……高倉さんの件は?」
「さっきも言ったように、俺にも落ち度があった。とはいえ、確かに俺はアンタを救い、"念"を斬った。その対価は、必要だ」
ん? つまりお金は必要ないけど、"対価"は必要ってこと?
……お金ではない、対価。
「……まさか身体で払えだなんて!?」
「違う」
「うん、まあ、そうよね」
知ってた。雅弥はそーゆータイプじゃない。
だからこそ、余計に予測がつかない。
「なら、私は何を用意したらいいわけ?」
「……だから、アンタが俺に渡すべき対価は、ない」
雅弥は複雑そうに瞳を伏せ、
「俺があの場にいたのは、偶然じゃない。カグラがアンタの危機を察知して、俺を送りだしたんだ。つまりアンタを救うよう俺に"依頼"したのは、カグラになる。俺が対価をもうべき相手は、アンタではなくカグラだ」
言われてやっと、腑に落ちた。
そうか。カグラちゃんが気付いてくれたから、雅弥が来てくれたんだ。
(後でカグラちゃんにお礼言わなきゃ)
「……すごいね。神様って危険を察知するとか、ホントに出来るんだ」
「んーとね、それなりに"縁"を繋いだ相手じゃないと、そーゆーのはちょっと無理かな」
声に振り返ると、にこりと笑んだカグラちゃんが「よいせ」と上り口で靴を脱いでいた。
私の横で膝を折ると、
「雅弥はほら、意地っ張りでしょ? だからちょっと心配で、彩愛ちゃんに"護り"を付けたんだ。勝手にごめんね?」
「謝らないで。カグラちゃんのおかげで、私は助けて貰えたんだもの。ありがとうね」
「ううん。お礼なら"護り"の子に言ってあげて。その子がちゃんと報せてくれたから、ボクも雅弥も彩愛ちゃんのピンチに気づけたんだよ」
ということは、その"護り"の子とやらが、一番はじめに私を助けてくれたってことで。
「そうだったんだ……全然気がつかなくって、悪いことしちゃった」
これはしっかりお礼をしないと。
「その"護り"の子って、何処にいるの?」
尋ねた私に、カグラちゃんは「そこだよ」と壁際に置いていた私の鞄を指さした。
え、まさか鞄の中に?
(雅弥のよく使う、子狐ちゃんみたいな小さい子なのかな)
急いで鞄を引き寄せ、膝の上で開く。
(うっかり荷物で潰してなきゃいいけど……)
不安ながらも、慎重に中を探す。
けれどもそれらしき姿は、どこにも見当たらない。
「……もしかして、どこかに落としてきちゃったとか!?」
これは、とんでもなくマズイ事態では。
そう焦燥を浮かべる私を見て、カグラちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。
「ううん。ちゃーんといるから安心して、彩愛ちゃん。――"鈴"、持ってるよね?」
「鈴……?」
はっと気づいた私は、急いでスマホを掴み上げる。
引き上げられた勢いに、相も変わらず鳴らない鈴が、振り子のごとくゆらりと揺れた。
――まさか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます