第7話"顔"に焦がれたのっぺらぼう②

「ってことは、その"祓う"ってのは命を奪うってことなんでしょ? だったらちゃんと話を聞いてあげなさいよ。あんなに違うって、お願いしてるじゃない」


「……あやかしは、簡単に嘘をつく。ヒトをたばかり、惑わすのも上手い。話しなど聞いたところで時間を無駄するか、逃げられるかのどちらかで」


「はいはい、そんだけ猜疑心さいぎしんが強けりゃアンタは騙されないでしょ」


 ポンポンとその腕を軽く叩いて腕を放した私は、「ねえ」とのっぺらぼうを見遣り、


「私の顔を借りたいって言ってたけど、どうやって借りるつもりだったの?」


 途端、のっぺらぼうは「それは……っ!」と食い気味に、


「私達あやかしは元々"化ける"能力を持たない種族でも、学べば姿をヒトに変える"化け術"を会得できます。その術を使った際に貴女様のお顔をお借りしたく、こうしてお願いに参ったのです」


「え、すごい。そんなこと出来るんだ」


 ていうか、あやかしって皆が皆、化けれるワケじゃないんだ……。

 初めて知ったあやかし事情に思わず感心の声を上げると、すかさず背後から、「でたらめだ」と厳しい声が飛んでくる。


「え? 嘘なの?」


 男は眉間の皺をますます深くして、


「……確かに"化け術"を会得するあやかしは多い。あやかしが異質として迫害され、現世うつしよから追われるようになってからは、特にな。だが――」


 男は睨むようにしてのっぺらぼうへと視線を投げ、


「オマエ達『のっぺらぼう』は、未だにほとんどが"化け術"を必要としていないだろう。なんてったって、アンタんとこの長は娘を人間の男に取られて以来、現世うつしよを嫌悪しているからな」


「へえ、詳しいのね……。それってやっぱり祓い屋だから?」


「……色々あるんだ。アンタには関係ない」


 向けた刀はそのままに、男がぷいとそっぽを向く。

 すると、のっぺらぼうは弱々しく「……ええ、その通りでございます」と首肯し、


「私達のっぺらぼうは古くより"顔がない"ことを美徳とし、誇りとする風潮が根強く残っております。ゆえに種族間……『のっぺらぼう』同士で婚姻関係を結ぶ場合が多く、私もまた、父によってあるのっぺらぼうとの縁談を用意されておりました」


 ――縁談。すなわち、お見合い。

 似た境遇に同情心が湧き、「……望まない縁談を、無理やり?」と尋ねると、


「いいえ。自分で良いお相手に巡り会わない限り、いつかはそういう日が来るのだと、ずっと、わかっていましたから」


 女は苦笑するような声で、首を振った。


「私達は顔がないため、声や仕草で感情を表現し、相手の個を量ります。そのため自ずと嘘には敏感になるのですが、お相手の方は、それはそれは誠実でお優しい方でした。父はたいそう気に入り、私もまた、そのお方と巡り会えた幸運に感謝したのですが……言葉を、逢瀬を重ねるにつれ、些細な違和感に気が付きました。まるで、何かを振り切るべく、必死に私を好こうとしているように思えたのです」


 話す彼女は少しだけ顔を伏せ、「そこで、身を引いておけばよかったのです」と呟いた。


「色恋にうとかった私は、彼が私を"妻"とするべく、今のうちに多くを知ろうとしてくださっているのだと、自分のいいように理由をつけておりました。己の未熟さに気が付いたのは、縁談から三か月が経とうとしていた、ある日の夕暮れのことでございます。申し訳ないと、あの方は突然、我が家の門前で頭を下げられたのです。やはりこの縁談は受けられないと。どうしても添い遂げたい相手がいるのだと、あの方はおっしゃりました。父は激怒し、金輪際、何があろうと姿を見せるなと追い出しましたが、私の心中には悲しみよりも、別の想いが強く宿っておりました。あのお方が振り切ろうとしても叶わなかった、唯一のお相手を知りたい。……今思えば、嫉妬、だったのかもしれません」


 彼女は一度空を仰ぐと、再び顎を落とし、


「逃げるようにして家を移ったというそのお方を、こっそりと探しました。するとそう経たずして、そのお方は現世へ向かったのだと教えてくれる者が出てきました。私はそれまで、一度も現世に赴いたことはありませんでしたが、ただのお相手を知りたい一心で現世に参りました。……こちらに来てすぐに、見つかりました。あのお方は、人間の女性と"ヒト"として生きておられたのです」


「! それって、例の"化け術"ってやつ……?」


 尋ねた私に、彼女が「その通りでございます」と頷いた。

 やった! と心中で両手を放り投げたのもつかの間、私は疑問に駆られ「え、ちょっと待って」と眉根を寄せた。


「それってあくまで、人間の姿に化けれるって術よね? あやかしって、人間として生きるなんてことができるの?」


 あやかし事情に詳しかった男に戸惑いの視線を向けると、彼は億劫そうに息をついてから、


「……ヒトが"そう"だと気づいていないだけで、現世で人間と婚姻関係を結ぶあやかしは昔からいる。ヒトの姿を持ち、ヒトのように細かく外見を変え"老い"を装ってはいるが、長い寿命は変えられず、相手の死後に"失踪"という形で区切りをつけることが多い。俺からすれば所詮ヒトを真似ているだけだが、あやかし達はその行為を、『人間として生きる』と呼んでいるのだろう」


「ふーん、なんだかロマンティックね……」


(こいつ、口も態度悪いけど、なんだかんだ訊けば教えてくれるんだよねえ)


 実は律儀な人なのかも。

 男から視線を外した私は、降って湧いたひらめきに「あ、もしかして」と再び彼女を見遣る。


「人間の女性にその"お方"を取られて悔しかったから、自分も"化け術"で人間になりたかったってオチだったりする?」


 そうだったとしたら、それは彼女にとって幸せとは言い難い提案のように思える。

 だって、いくら"人間"の姿を真似たところで、その"お方"とやらが再び彼女のもとに戻ってくるわけでもない。

 不安げな声になってしまった私に、彼女は呆気に取られたような素振りをしてから「それが少々、違ったのです」と袖を上げころころと笑った。


「その隣を得たいという感情ではなく、あのお二人を見て、"顔"があることを羨ましいと思ったのです。愛しく見つめ合える目が、じゃれ合える鼻先が、愛に笑み、分かち合える唇が。私には、どれ一つありません」


 彼女はそっと、口のない"顔"に指で触れた。


「途端に、私は自身の"顔"が酷く惨めなものに思えてきました。私も"顔"がほしい。隠世に戻ってからもその想いは日に日に増していき、私はとうとう、"化け術"を学ぼうと決めたのです」


 ですが、と。彼女は弱々しく首を振る。


「私の場合、そもそもの"顔"がありませんから、化けるにしても、"ヒトとしての顔"を一から造らねばなりません。私は師匠を探す前にと、ヒトとしての"顔"を決めるべく、父の目を盗んで現世に参りました。ですがやはり"顔"のないおもてが当たり前だった私では、どんな"顔"が良いのかさっぱりわからなかったのです。そうして途方に暮れていたある夜、私の前を、貴女様が通り過ぎました」


 少し伏せがちだった彼女のおもてが、私に向く。

 つるりとした曲線が、街頭を反射し青白く艶めいた。

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