第24話"護り"と対価④
「その子ね、最初に会った時から強い"護り"の気を持ってたんだ。だからちょっと力をあげたけで、すぐに息づいてくれたよ。さすがにボクも、苗床なしで一から"護り"を作るには、時間がかかるからさ」
カグラちゃんは鈴を人差し指でつつき、「ちゃんとご主人様を守って、キミはいい子だね」と微笑む。
「この鈴、どこで手に入れたの? その辺りで簡単に受けれるモノじゃないでしょ」
どこか断定的な問いに、私は視線を落とした。
「……ごめんなさい、わからないの。――おばあちゃんが、くれたから」
そう答えた私の顔を、カグラちゃんがじっと見つめる。
何かを探るような眼。けれどもそれはほんの数秒で、すぐに表情を緩めたカグラちゃんは朗らかに「そっか」と頷いた。
「会ってみたかったなあ、彩愛ちゃんのおばあちゃん。こんなに強くて優しい"護り"の気を込めれるんだもん。きっと、素敵な人だったんだろうね」
そう。とても優しくて、強い人だった。私の大切な家族のひとり。
焦がれるようにして懐かしい祖母の姿を思い起こし、私は「そうね」と同意を返す。
それから、はたと気が付いて、
「え? ちょっと待ってカグラちゃん。それってつまり、おばあちゃんがこの鈴にその"護り"の気を込めたってこと?」
私の驚愕に気付いたのか、カグラちゃんは「うん?」と小首を傾げ、
「そうだと思うよ。彩愛ちゃんの"気"と似た感じがするし、馴染みもいいから」
「……その、"気を込める"って、"普通"の人にも出来ることなの?」
「うーんと、単純に"気を込める"ってだけなら、普通の人にも可能だよ。想いを込めるって言ったほうがわかりやすいかな。昔から、大切な人に"お守り"を作って渡したりするでしょ? 特別な日のお弁当とかもそうだね。そういう、気持ちを込めて作られたモノには、"想い"がつくから」
ていっても、と。カグラちゃんは鈴に視線を流し、
「この子に込められているのは、そういったレベルの"想い"ではないかな。ある程度"知識"があって、"力"のある人の込め方だもん。だから雅弥も最初、彩愛ちゃんがお葉都ちゃんを"知ってて放置してる"んじゃないかって、間違えたんだよね」
からかうような視線を受けた雅弥が、ふいとそっぽを向く。
つまり、肯定。なるほどそれで、最初に出会った夜に、「なぜ処理しない」とかなんとか言ってきたワケ。
(それはそうとして……)
おばあちゃんには、普通ではない"力"があった?
そんな話、一回も聞いてない。素振りすらなかった、と思う。たぶん。
だって私の知っているおばあちゃんは、"普通"の、どこにだっている強くて優しいおばあちゃんで――。
「……"見える"というのは、平凡を壊す」
低い声に、私は顔を跳ね上げる。
「自身とは違った、異質を拒絶する者は多い。"見える"というだけで、理不尽な悪意を向けられる場合もある。おそらくアンタの祖母は、そうした有象無象からアンタを守りたかったのだろう。だから告げなかった。……"護り"の気を込めたその鈴が、何よりの証拠だ」
「雅弥……」
混乱する私をフォローしてくれた、んだよね。
私は苦笑を浮かべて、
「ごめん、ちょっとビックリして。でもそっか……本当に、お守りだったんだね、これ」
『これはね、お守りの鈴なのよ。だからいつも一緒にいないと駄目だからね。いざって時にきっと、助けてくれるから』
そう言ったおばあちゃんは、言葉通り、"そうであって欲しい"と強い願いを込めてくれたってこと。
うん。なんか、納得。
想いの込め方がどうとか、関係ない。
その根底にあるのは、私のよく知る、包み込むような強さと温かな優しさ。
(お祖母ちゃんの"気"が込められた子、かあ)
「この子はカグラちゃんやお葉都ちゃんみたいに、姿はないの?」
「そこまではまだ難しいかな。けれどちょっとした"きっかけ"があれば、姿を持つ可能性もゼロじゃないよ」
「そっかあ……それじゃあ私は、この子とお喋りできないのね」
「残念だけど。今のこの子が報せを飛ばせるのは、力を分けたボクだけなんだ。でも、声はちゃんと聞こえてるから、話しかけてあげたら喜ぶと思うよ」
「そうなの? それじゃあ張り切ってお話しなきゃ!」
意気揚々と鈴を掌に乗せると、
「……あまりしつこく絡むと、うざがられるからな」
雅弥の嫌味がチクりと飛んでくる。
私は唇を尖らせつつ、「はいはい、ちゃんとわきまえますよ」とだけ返して、気持ちを鈴に集中した。
伝わるように。聞こえるように。心から想いをかたどる。
「助けてくれて、ありがとうね。それと……ずっと疑っていて、ごめんなさい」
鈴はやっぱり黙ったままで、何一つ変化もない。
だから許してくれたのか、愛想をつかされてしまったのか、私には判断がつかないけれど。
いつか、ちゃんとお話しが出来る時が来たら、その時は私の知らないおばあちゃんのことも教えてほしいな、なんて。
図々しくも、そう願ってしまう。
「それじゃあ、種明かしも済んだところで」
喜々として手を合わせたカグラちゃんの声に、私は意識を"今"に向けた。
「ボクの勝手とはいえ、ボクが色々と手助けをしたことで、彩愛ちゃんが助かったってことになるでしょ?」
「うん、そうね。カグラちゃんも、本当にありがとう」
「ううん。彩愛ちゃんが無事で良かったよ。でね、ボクって一応"神様"だからさ、手助けした分はちゃんと"対価"を貰わなといけなくて」
……そういうこと。
だから雅弥は、"俺には"必要ないって言ったんだ。私が"払う"べき相手は、カグラちゃんだから。
全てを理解して覚悟を決めた私は、正座して、カグラちゃんに向き合う。
"神様"の望む"対価"が、私にも払えるモノだといいのだけど。
「どうぞ、どーんと言ってちょうだい」
「わーい、ありがとー! 彩愛ちゃんは話が早くて助かるよー!」
カグラちゃんが正面からぎゅうぎゅうと抱き着いてくるも、すっかり慣れてしまった私は、とくべつ抵抗することもなく、
「対価とか、そーゆーの。ちゃんと理解しているってわけじゃないけど、カグラちゃんが必要だって言うのなら、なんだって渡すわよ」
「……まがりなりにも"神"相手に、滅多なことは言わない方がいいぞ」
「そうなの?」
「ふふ、そうだね。神サマってのはけっこう身勝手で、欲もふかーい存在だからね。ボクみたいにさ」
カグラちゃんみたいに?
そう言われると、余計にそこまで警戒する必要があるなんて思えないんだけども……。
子猫のようにじゃれついていたカグラちゃんが、私から身体を退き、「それじゃあ、彩愛ちゃん。覚悟はいーい?」と小首を傾げた。
うん、カワイイ。
きゅるんきゅるんなどんぐり
途端、カグラちゃんはにいっと双眸を細めた。
その顔は、悪だくみを思いついた悪戯っ子のようにも、慈悲深き仏の微笑みのようにも思えて……。
――あ、なんか"神様"っぽい。
「あのね、ボクのお願いを叶えてほしいんだ」
「お願い?」
カグラちゃんの顔から、笑みが消えた。
「雅弥の次の"仕事"に、同行して」
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