第14話喫茶『忘れ傘』の再会⑤

 お葉都ちゃんは数秒のためらいを挟んでから、


「……彩愛様。私がまだ"化け術"の師匠すら探せていないと告げたこと、覚えてらっしゃいますか?」


「もちろん。まずは"顔"を決めようとしてたのよね?」


「ええ。その……これは完全なる私の我儘なのですが、叶うのならばその"師"もまた私の想いを汲んでくださり、"顔"に対する造形の美しさに一定のこだわりを持っていらっしゃるお方をと、以前より考えておりまして……」


「うんうん、念願の"顔"を作るのだから、至極まっとうな要望だと思うわ」


 深く頷くと、お葉都ちゃんは明らかにソワソワとしながら、


「これまでなかなか、このお方にと思う"師"に出逢えずにいたのですか……」


 そろり、と。遠慮がちに、お葉都ちゃんのおもてがカグラちゃんに向いた。

 ――あ、なるほどそういう。

 ピンときた私は「確かに!」と手を鳴らして、


「私も、カグラちゃんならぴったりだと思う! ただ、カグラちゃんもここのお仕事あるし……」


「ボク? いいよ、教えてあげる!」


 元気に挙手して、あっさりと快諾してくれたカグラちゃん。

 思わず「え、いいの?」と素っ頓狂な声で訊き返してしまうと、お葉都ちゃんも不安気に、


「ご迷惑ではないでしょうか」


「うん! "化け術"はキツネの特異分野だしね。それにボク、カワイイ子って大好きなんだ」


 にこりと笑むカグラちゃんに、お葉都ちゃんはためらったようにおもてを伏せた。


「……また、彩愛様に助けられてしまいました」


「ん? お葉都ちゃん、勘違いしてるでしょ? 確かに私はカワイイも網羅しているけど、今カグラちゃんがカワイイって言ったのは、お葉都ちゃんのことよ」


 ねえ、とカグラちゃんと見遣ると、カグラちゃんは「もちろん!」と胸を張った。

 けれどもお葉都ちゃんはどこか申し訳なさそうにして、


「お気遣いいただき、ありがとうございます。でも私はこの通り、顔がないですし……」


「やだ、お葉都ちゃん。なにも"カワイイ"ってのは、"顔"だけで判断するものじゃないわよ」


 だって、と私はお葉都ちゃんのおもてを覗き込んで、


「お葉都ちゃんのお肌がツヤツヤなのは、しっかりお手入れをしているからでしょう? こうして話していても姿勢が崩れないのだって、それが自然となるまで意識しているからだし、そのお着物も、お葉都ちゃんが大切に扱っているから、美しい状態を保っていられる。 カワイイってね、そういう努力のことを言うのよ」


「彩愛様……」


「そうそう! やっぱり彩愛ちゃん、わかってるね!」


 嬉しそうに私の片手を掴んだカグラちゃんが、ぶんぶんと勢いよく振る。


「私も同士が見つかって、すっごく嬉しい!」と告げると、カグラちゃんは「ボクもだよー!」と満足したように私の手を解放した。


 にこにこと笑みながら、お葉都ちゃんに視線を向ける。


「だからね、お葉都ちゃんの"化け術"は、ボクが責任もって面倒みてあげる。けどね、一つだけ条件があるんだ」


「条件?」


 首を傾げた私に、カグラちゃんは「うん」と頷いて、


「ボクはこれでも神サマだからね。手助けするには、願いと対価がなくっちゃ」


「対価……。それって、かなり高いの?」


「ううん。お金は必要ないよ。そうだねえ……」


 うーんと腕を組んで、悩みだしたカグラちゃん。するとほんの数秒で、「うん、そうだ!」と手を打って、


「上手くヒトに化けれるようになったら、ウチの店を手伝ってほしいな。そろそろ人手が欲しかったんだよねえ」


 どう? とカグラちゃんが指先に人差し指を添え、小首を傾げる。

 お葉都ちゃんは戸惑ったような素振りで、


「そのような条件で、本当によろしいのでしょうか。私としましては、現世のことも学んでみたいと思っておりましたので、有難い限りでございますが……」


「よし、じゃあ決まりだね! お葉都ちゃんの"化け術"は、どーんとボクに任せて」


 胸をたたくカグラちゃんは、なんとも頼もしい。

 私は安堵交じりに「お願いね、カグラちゃん」と頭を下げてから、お葉都ちゃんに笑みを向けた。


「いいお師匠様も見つかったことだし、あとは"顔"を決めるだけね」


「はい。本当に、なんとお礼を申し上げたらよいか……。不束者ですが、せいいっぱい精進いたしますので、何卒よろしくお願いいたします」


 正座をしたお葉都ちゃんが、指先を畳につき頭を下げる。

 カグラちゃんはご満悦顔で、


「うん。頑張ろうね、お葉都ちゃん。弟子を持つのって初めてだけど、なんだかワクワクするー!」


 それからカグラちゃんは、お葉都ちゃんの緑茶とおはぎの注文を受けて、渉さんがいるであろう厨房に戻っていった。


「さて、と……」


 お葉都ちゃんの師匠問題はカグラちゃんが解決してくれたことだし、私は私の役目を果たさなきゃ。

 私はさっそくと、持ってきた鞄から数冊の女性ファッション誌を取り出した。

 それを順番に、不思議そうにしているお葉都ちゃんと私の間の畳に、並べ置いていく。


「これなら色んな顔が乗っているし、ひとまずこの中から好みの路線を探してみましょ」


 何よりも、まずはお葉都ちゃんの好みを知らなくては。

 自分の好きな顔じゃないと、テンション上がらないしね!


「このような便利な書物があったのですね」


 感動した様子で一冊を手に取り、ページをめくっていくお葉都ちゃん。

 その姿を微笑ましく思いながら、私も「どんな雰囲気が好き?」と手元を覗き込むと、


「……本当に、夢のようです」


 お葉都ちゃんがふと指を止めて、とかみしめるように息を付く。


「お恥ずかしい話ですが、"顔"を得たいと願ったその時から、可能な限り鏡を避けておりました。それまでどんなに心が弾んでいても、自分には"顔"がないのだという事実と対面するたび、どうしても悲しみが勝ってしまっていたのです」


 ですが、と。お葉都ちゃんは自身の頬にそっと触れて、


「彩愛様に顔創りを手伝って頂けるとなってからは、このおもてにどんな"顔"が出来るのかと、その日を待ち遠しく思いながら鏡と向き合えるようになりました。今もこうして様々なお顔を見るたび、心悲しくなるどころか、喜びに満ち溢れていて……。本当に、彩愛様と雅弥様には、どう感謝をお伝えしたら良いか……」


「もう、お葉都ちゃんったら。本当に私達のことは気にしなくていいのよ。お葉都ちゃんがそうして嬉しそうにしてくれているだけで、充分ご褒美なんだから」


 ね、と雅弥に同意を求める。

 すると、雅弥は嫌そうに眉を顰めつつも、諦めたように嘆息して、


「俺は、"監視"以上の干渉はしないからな」


「……ありがとうございます。彩愛様、雅弥様」


 頭を下げるお葉都ちゃんを「ほら! それよりも!」と制して、甘く香るほうじ茶で喉を潤した私は、別の雑誌を手にした。


「まだまだ沢山あるから、じっくり選んで最高の"顔"を見つけましょ! それこそ鏡を見た時、サイッコーにテンションが上がるようなやつ!」


「……はい!」


 頷いたお葉都ちゃんが、再び雑誌をめくり始める。

 迷惑にならないのなら、このままプレゼントしてあげたいけれど……。


(……そういえば)


 ふと抱いた疑問に、私はそろりと視線を前方に向けた。

 雅弥は相変わらずこちらに興味なし。無言で本を読み、空気に徹している。


「……カグラちゃんのこと、文句言わないんだ?」


 私が呟くと、雅弥は本から視線を上げることなく、


「アイツがやるというのなら、俺に止める権利はない。互いの決定は尊重するという、"約束"だからな」


 約束。なんだかまた、引っかかる言葉が出てきた。

 けれど、ただの"監視対象"でしかない私には、それこそ二人の過去にまで踏み込める権利はない。


(……私は私の出来ることに集中しよう)


 そう思考を切り替えて、美味しいあんみつとほうじ茶を楽しみながら、お葉都ちゃんと共に"顔"探しに勤しんだ。

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