第33話あやかしと"友達"①

「あー……そういう……。いや、経緯はわかった。家に入れるようになったってんなら、それでいーわ」


 再びトンネルを通り抜け、初めに別れた地点で合流した新垣さんは、私の説明を聞くなり歯切れ悪く頭を掻いた。


「絵のことは、"落下原因は不明。目立った損傷は見当たらなかったため、所定の位置に戻した"っつって、俺から謝っておく」


「すみません、新垣さん。私がもっとうまく対応できていれば……」


「いや、突発的な"事故"じゃ誰にも防げねえよ。ましてや、もともと"怪異"の起きる家が相手だったんだ。そりゃ犠牲のひとつやふたつ出たっておかしくないだろ」


 新垣さんは一瞬、私の横に立つ郭くんをチラリと見遣ったような素振りをしたけれど、それだけ。

 特になにを言及するでもなく、私から家の鍵を受け取ると、ニッと歯を見せて笑い「二人とも、おつかれさん」と労ってくれる。


 ――見えるけど、信じていない。

 それが新垣さんのモットーだと言っていた。

 だから郭くんの姿は見えていても、眼前には私と雅弥しかしないように振舞っているんだと思う。


「んじゃ、帰るとすっか」


 促す新垣さんに頷いて、待ってくれていたタクシーに皆で乗り込む。

 郭くんは私と雅弥の間。車に乗るのは初めてのようで、身体を出来るだけ小さくしながらも、その双眸を興奮に輝かせて窓外を眺めていた。


「そんじゃあ、報酬はいつもんとこ振り込んどくから。気いつけて帰れよー。彩愛さんも、首、お大事に」


 新垣さんと駅で別れた私達は、電車に乗って、浅草の『忘れ傘』に戻ってきた。

 薄い紫地の暖簾のれんを目にした途端、早急に甘いものを摂取したくてたまらなくなってくる。


(なんだっけ、こういうの……)


「そうだ、"パブロフの犬"」


「……このまま家に帰ったほうがいいんじゃないか」


「え? 食べる気満々で来たのに、無慈悲すぎない?」


「……あの、ここは……?」


 落ち着かなそうに視線をさまよわせる郭くんに、


「ここが私たちの拠点……というより、たまり場って感じかしらね」


「拠点でもたまり場でもない。アンタが入り浸っているだけだ」


「まあ雅弥はこんな風だけど、ここはみんな優しいし、雰囲気もスイーツも最高なの!」


 告げながら意気揚々と店の扉を開ける。

 その瞬間。


「おっかえりー彩愛ちゃん!」


「わっ! っと、カグラちゃん……っ」


 飛び込むようにして抱き着いてきたカグラちゃんを受け止めて、「ただいま」と笑む。と、


「怪我とかしてない? ごめんね、ボクのせいで危ない目に遭わせちゃって……」


「え? 私はこの通り、かすり傷ひとつなしでピンピンしてるけど……。危ない目?」


 はて、そんなことあったかなと首を傾げる私に、


「……絵が頭上に落下。おまけに階段から落ちかけただろう。もう忘れたのか」


「あ、それ? でもどっちも実害なかったし……。って、あれ? どうしてカグラちゃんがそのことを知っているの?」


 カグラちゃんが私から身体を引いて、くたびれたような顔で鈴をつつく。


「この子がそれはもうすっごく怒って怒って、ずーっとボクに文句を飛ばしてくるんだもん。おかげで耳は痛いし、ホラ、尻尾もぼさぼさ」


 ぽんっと現れた銀色の狐耳と尻尾は、確かに以前見せてもらった時と比べて毛艶けづやがない。

 カグラちゃんは再びぽんっと狐耳と尻尾を消すと、


「ともかく、無事でなによりだよお。……雅弥も、"やっぱり"、斬らなかったみたいだしね」


「…………」


 ん? と。

 二人のやり取りに引っ掛かりを覚えたのもつかの間、カグラちゃんはいつものようににぱっと笑って、


「さ、疲れたでしょ? すぐに準備するから入って入ってー! そこのキミも、ちゃーんともてなすから、おいで」


 カグラちゃんお得意のウインクを受けた郭くんは、恐縮したように肩幅を狭くしながら「……ありがとう」と頭を下げた。

 物珍しそうにきょろきょろと店内を見渡す郭くんを連れ、定位置と化している座敷に上がり、腰を落とす。


「ホントはねえ、お葉都ちゃんも来てて、"彩愛様がお戻りになるまで、お待ちしております"って言ってたんだけど……。その子と鉢合わせするとちょっと微妙な気がしたから、さっき帰しちゃったんだよねえ」


 カグラちゃんの用意してくれたおしぼりとお冷で一息つきつつ、私はその姿を脳裏に浮かべて苦笑する。

 たしかに、私が"危ない目に遭った"ことを知ったのなら、きっとお葉都ちゃんは心底心配して郭くんに詰め寄ってしまいそう。


「お葉都ちゃんは、どこまで知ってるの?」


「ちょっと"苦戦"してるみたいってのは、伝えたよ。あとは雅弥が一緒だから、悪いようにはならないはずだって」


 うん、ならこちらから、下手に心配させるような話はしないでおこう。

 そう頷いたその時、上り口から「お疲れ様でした。雅弥様、彩愛様」と声がした。

 見れば柔く笑んだ渉さんが、お盆を手に立っている。

 乗っているのは陶磁器のティーセットが二つと、新緑色の小鉢のような焼物に盛られた、抹茶パフェのような……?


「ただいまです、渉さん。それは……?」


「雅弥様と彩愛様が無事、パートナーとして正式な初仕事を終えられたのです。ささやかながら、俺からのお祝いとしてご用意させて頂いたのですが……受け取って頂けますか?」


 ええと、パートナーとしてというか、カグラちゃんへの"対価"だったんだけども……。


 けれどどうにもこう、渉さんから発せられる全力の「嬉しいです!」ってオーラを前にすると、否定しにくい。

 それは雅弥も同じみたいで、「だから……パートナーではない」って苦々しそうに言うも、あとはどこか諦めた風に息をついただけ。


(うーんまあ、細かいことはいっか)


 二人で解決してきたのは事実だし、渉さんがせっかく用意してくれたんだもの。

 ここは美味しく頂くのが礼儀ってモノでしょ!


「ありがとう、渉さん。それじゃあ、遠慮なく頂きます」


「はい! ぜひ!」


 嬉し気に花を飛ばした渉さんが、カグラちゃんと入れ替わるようにして、いそいそと靴を脱いで上がってくる。


「こちらは宇治の抹茶を使用したソフトクリームと寒天をベースに、この時期に数量限定でお出ししている、千葉県産の"くろいちご"を合わせました抹茶パフェになります」


「くろいちご? 白いちごは食べたことがあるけれど……」


 疑問に首を傾げた私の眼前に、


「さすがは彩愛様。白いちごをご存じでしたか」


 渉さんが抹茶パフェを置いてくれる。

 ぐるりと重なりながら山を描く深い抹茶色のソフトクリームに、白玉と餡子、そして一口サイズにカットされたイチゴがお花のように円を描いて盛られたパフェ。


 馴染みある苺よりも深い……アメリカンチェリーを思わせる深紅色の果実は、たしかに「くろいちご」の名称にぴったり。

 深緑と白に黒、そして苺の赤とコントラストがすごく綺麗で、上品ながらも華やかな佇まいが『忘れ傘』のスイーツらしい。


「この"くろいちご"は、千葉でも限られた農家さんでしか栽培されていないので、市場にはあまり出ないんです。分けて頂けたのは、たいへんラッキーでした」


「え、すごい。それって、とてつもなく珍しいってことですよね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る