第41話歓迎されない来訪者①
「……よろしいですか。皆さま、彩愛様」
面の頬部分を強張らせたお葉都ちゃんが、いつもより硬い仕草ですっくと立ちあがる。
お馴染みのお座敷に集まっているのは、私に雅弥、そしてカグラちゃんに、渉さんと勢ぞろい。
現在の『忘れ傘』は『準備中』の札が出ていて、貸切状態になっている。
忙しなく胸を打つ緊張に両手を握り合わせながら、注目を受けた私は「……うん。お願い、お葉都ちゃん」と頷いた。
覚悟を決めた様子で、お葉都ちゃんも深く頷く。
「それでは……」
片方の手で着物の袖口を抑えたお葉都ちゃんは、滑らかに後頭部へと手を伸ばし、簪の一つを引き抜いた。
赤い玉の艶めくそれを胸前で持ち、すうと吸い込んだ息に肩が上下した刹那。
簪が淡く光りを帯び、白い煙が全身を覆ったかと思うと、柔く揺らめぎながら少しずつ薄らいでいく。
と、その合間から覗いたのは、見慣れた私の唇によく似た――。
「い、いかがでしょうか」
目尻の下がった、穏やかながらも凛とした目。柳のような美しい眉。
すっと通った鼻筋から連なる鼻先は小さく、唇は馴染みのある、中央が少しふっくらとした"私"と同じ形。
「あの……彩愛様?」
恥じるように染まる頬。
不安気な瞳が私に向く。
「……満点」
「はい?」
「――お葉都ちゃんっ!」
感動に立ち上がった私は、お葉都ちゃんへと一気に駆け寄って、
「成功よ成功っ! もうかんっぺき!! 天才っ! すんごい美人さん!」
勢いにお葉都ちゃんの両手を握りこめて、興奮に思いつく限りの言葉を並べ立てる。
お葉都ちゃんは安堵したようにほっと息を吐きだし、
「やっとのことで、こうしてご披露できるまでになれました。まだ限られた時間のみですが、こうして望んだ以上を手に出来たのも、彩愛様のお力添えあってのことでございます。本当、なんとお礼を申したらよいか……」
「私にお礼なんて。ぜーんぶお葉都ちゃんの頑張りの賜物じゃない!」
「……いいえ。私だけでは、到底成しえなかったことです」
お葉都ちゃんは首を振って、
「カグラ様のご指導に、渉様のご協力。そして雅弥様にも、出入りする私を咎めることなく、温かく見守って頂きました。こうして皆さまとのご縁を結べるに至ったのも、あの夜、彩愛様がこの私を救い、導いてくださったからにございます。本当に、ありがとうございます」
深々と頭を下げるお葉都ちゃんに、私は慌てて口を開く。
「それこそ、お葉都ちゃんの人柄……あやかし柄? あっての縁じゃない。それこそお葉都ちゃんがもっと嫌な性格だったら、私だって、一緒に"顔"を作りたいだなんて思わないし。カグラちゃんや渉さんだって、手伝ってくれなかったと思うもの」
ねえ、と二人へと視線を流すと、
「そうだねえ。いくら彩愛ちゃんの頼みでも、好きになれない子にまで手は貸さないかな」
「俺は雅弥様とカグラさんの決めたことに従うまでですが……。お葉都さんが手伝ってくださるようになったおかげで、この店もかなりスムーズに回るようになりました」
やっと姿を見て、直接お話出来るようになりましたね。
嬉し気に微笑む渉さんに、私はん? と首を傾げ、
「そういえば、これまで渉さんとお葉都ちゃんって、どうやってお話してたんですか? 毎回カグラちゃんを通して……?」
「はじめはそうする場が多かったのですが、その後はお葉都さんに、文字にてお話いただいてました。慣れてきてからは音をたててもらったり、揺らしてもらったり。なんにしても、お葉都さんが文字もお上手で助かりました」
カグラちゃんが肩をすくめて、渉さんの言葉を引き取る。
「あやかしの皆が皆、文字の読み書きが出来るってワケじゃないからねえ。明治以降の近代化で、
知られざるあやかし事情。
ふんふんと興味深々で頷いた私は、理解したと手を打って、
「つまり、こうして皆に助けてもらいながらお葉都ちゃんの"顔"が完成したのは、やっぱりお葉都ちゃんの努力あってのことってワケね!」
「うんうん、そういうことだね!」
ね、とお葉都ちゃんに視線を戻すと、赤みがかった黒い瞳が感極まったように滲んだ。
「……皆さま……ありがとうございます。私は本当に、幸せものでございます」
「けどけどお、お葉都ちゃんにはもーっと頑張ってもらわないとだからね。次はヒトでいられる時間を伸ばす訓練しなきゃだし、ボクとの"対価"で、お店の手伝いもあるしねえ」
「はい。精一杯努めさせていただきますので、引き続きよろしくお願いいたします」
頭を下げるお葉都ちゃんを微笑ましい気持ちで眺めていた私は、「そうだ」と思い出し、
「お葉都ちゃんに渡そうって思って、持ってきたモノがあるのだけど」
「私に、ですか?」
「ちょっと待ってね。ええと……」
畳に膝をついて鞄を開ける。
直後、見つけた目的の小箱を手に、私は再びお葉都ちゃんの傍へ。
「これ、良かったら貰ってくれない?」
受け取ったお葉都ちゃんは戸惑いがちに、白いリボンを引いて蓋を持ちあげた。
その中から更に、黒く細長い小箱を取り出し、まだわからないといった風に上部の蓋を開けて傾ける。
ストン、と掌に現れたのは、黒いボディに金の輝く――。
「……これはっ」
驚く声に、私はにんまりと指先を自身の唇へ。
「そ、私が今ぬってるリップと同じ色の口紅! お葉都ちゃん、前にこの色が素敵だって言ってたでしょ? だから、念願の"顔"が完成したお祝いに、私からプレゼント」
「彩愛様……本当によろしいのですか? こんなに素晴らしい
「お葉都ちゃんの為に買ってきたんだもの。嫌でなければ、使って」
お葉都ちゃんは「……ありがとうございます、彩愛様」と口紅を胸に抱きしめてから、
「……少々、鏡をお借りしてもよろしいでしょうか」
もちろん! と即座に鞄からハンドミラーを取り出した私に礼を告げて、膝を折り、畳に座したお葉都ちゃん。
伏せられた瞼。
片手で開いた鏡を覗き込みながら、ゆっくりとなぞるようにして、滑る口紅が唇に色をさす。
「……いかがでしょうか」
恥じるような問いかけに、私は力強く頷いて、
「さいっこーに似合ってる! お葉都ちゃんは、どう? テンション上がった?」
「とても、嬉しいです……。これまではいくら美しい
お葉都ちゃんは「それに」と頬を染めて、
「なによりも、彩愛様と同じ唇を同じ色で染めれたことが、一番に嬉しゅうございます。先ほどから胸の高鳴りが増すばかりで……ずっとこのままにしておきたいと、叶わぬ願いを抱いてしまうほどに」
「あ、それはダメだからね。寝る前にちゃーんと落とさないと、荒れちゃったり、色素沈着の心配があるし!」
お手入れは美の基本なんだから! と息巻く私に、心しておきますとお葉都ちゃんが麗しく笑む。
彼女のために選んだ品を喜んでもらえるのは、私も嬉しい。
けど、その喜びが大きければ大きいだけ、罪悪感が増すというか……。
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