第18話襲撃と"念"祓い③
「……救急車、呼んだらいいの?」
中腰で高倉さんの様子を確認していた雅弥を見上げる。
彼は「いや」と膝を伸ばし、
「俺が呼ぶと面倒なことになるからな。適任者に任せる」
すると雅弥は、懐から小さな紙を取り出した。
あ、それ。記憶をなぞるように目の前の雅弥が紙に息を吹きかけると、紙がひしゃげてポンッと手乗り白狐が姿を現す。
「……頼んだぞ」
了承を示すようにして大きく頷いた白狐は、再びぽんと白煙を立てて姿を消した。
「……あの子って、雅弥の"式神"ってやつ? お葉都ちゃんを呼んでくれた時も、あの子にお願いしてたよね?」
雅弥は微かに片眉を上げ、
「……あの時から、既に見えていたのか」
「え? もしかして、見えちゃ駄目だった?」
「良し悪しじゃない。見えるのなら、見える者としての心得を叩き込んでおくべきだった」
悔いるように細められた目。
けれどその瞳には、確実な憤怒がチラついていている。
(あれ? これはもしかして、私も悪い的な流れだったりして……?)
「これの"念"は、いつから見えていた」
「ひえ……」
威圧感たっぷりに見下ろしてくる双眸に、思わずひるんだ声が出る。
けれども雅弥はますます眼光を鋭くして、
「いつだ。見えてなかったとは言わせないからな」
「ええと……月曜日の、朝から……」
「なんだと? なぜ今日まで放置していた」
「だって、そもそも何なのかも知らなかったし、こんなことになるだなんて……」
「違う、そうじゃない」
痺れを切らした声が遮る。
雅弥は苛立ち交じりに片膝を路地につくと、ぐいと私に顔を寄せ、
「たとえ"アレ"の正体がわかっていなくとも、アンタは俺の管轄だと感じ取っていたはずだ。どうして黙っていた。そんなに俺は信用ならないか。俺を嫌うのは構わない。だがな、自分の身を守る為には時として割り切ることも――」
「え、ちょ、ちょっとまって雅弥ストップ!」
膝の上で拳を作る掌を、咄嗟に両手で握りしめる。
驚愕に言葉を飲み込んだ雅弥の、困惑の浮かぶ瞳を覗き込み、
「その、今日まで伸び伸びになっちゃっててごめん。それは本当に私が悪かったと思うし、助けてもらうような事態になっちゃって申し訳ないなってホント反省している。けど、断じて雅弥を嫌いだから言わなかったとかじゃないから! 勝手に決めつけて暴走しないでよ」
「っ、だが、他に理由など」
「いやいやだって、私、雅弥の連絡先知らないし! カグラちゃんはスマホ持ってないし、かといって渉さんを伝言係にするのも違うでしょ? だから直接お店に相談しに行こうと思って必死に仕事してたけど、『忘れ傘』の閉店に間に合うような時間に終わらなくて……。だから伝えにいけなかったの! 誓って"言わなかった"んじゃないから!」
うう、わかってはいたけども、『自分が無能でした』とわざわざ言葉にするのは精神的にくるものがある。
けれど今はそんなプライドに拘っている場合じゃない。
だって私が雅弥を嫌っているだなんて、そんな妙な誤解をされたままじゃ……。
「だいたい、私一回も"嫌い"だなんて言ってないでしょ? そりゃあ確かにわけわからないしこと多いし冷たいし、どうコミュニケーションとったらいいのかなーって手探りな部分もあるけども、でも雅弥ってちゃんと私の要望聞いてくれるし何だかんだ付き合ってくれるし、これならこれからも上手いことやっていけそうだなーって、嫌うどころかむしろ好意的に思っちゃったりしてたのに」
「わかった。そこは、もういい」
「いや良くないでしょ! こんだけ助けてもらっておいて、"でもアナタのことは嫌いだから"なんて言えるほどツンデレじゃないわよ私!」
「だから、分かったと言っている」
雅弥は静止を示すようにして左手を静かに掲げると、顔を背けて疲れたように首を振った。
そのまま視線は明後日の方向を向いたまま、
「早とちりをして、悪かった。だからもう、やめてくれ」
……まさか雅弥の口から謝罪の言葉が聞けるとは。
こんなの初めてじゃない?
そんな動揺を抱えながら「う、うん」と反射的に頷くと、やっとのことで雅弥は私に視線を戻し、
「……なら改めて訊くが、どうして電話を寄こさなかった」
「だから、理由はさっき」
「『忘れ傘』は店だ。店には電話があるだろう。インターネットで店の名前を調べれば、番号だって出てくる」
「………………」
「…………」
懐疑的な視線を受けながら、私は機械仕掛けの人形のごとく立ち上がり、数メートル先で相変わらずへたり込んでいる鞄へ向かった。
スマホを取り出して、検索画面に『浅草 忘れ傘』と打ち込む。
表示された結果画面の、上から三番目。それらしいリンクをタップすると、見知った店の門構えが画面に表示された。
スクロールした下部には、店の住所と共に電話番号が記載されて――。
「…………ああああああああああああ」
脱力。今更だけど、夜のアスファルトってひんやりしてるんだ。
そうじゃなくて。
「……まさか店に電話がないと思われていたとは、考えなかった」
「いやホントそうじゃんね……立派なカフェじゃんね……。私もどうして調べなかったのか自分が全然わからない……」
普段、知らない土地でも近場のカフェ探したり、散々検索しまくっているくせに。
「……まあ、なんだ。ともかく今回は手遅れになる前に俺が間に合ったのは、運が良かったからだ。それを忘れるな」
そんなに私の落ち込みようが酷いのか、立ち上がった雅弥は膝を叩き、それ以上を責めずにいてくれた。
その微妙な心遣いが、なんだかすごく心に沁みる。
(……手遅れになる前、かあ)
なんとか心を回復させながら、私は視線をちらりと流した。
高倉さんは、まだ目覚めない。
気が付いたなら、即座に「ちょっと! なんで私が道路なんかに寝てるのよ!」と跳ね起きそうだけど、なんとなくその姿が見れるのは、もう少し先のような気がする。
「…………」
私は再び鞄を開け、四つ折りにしていたタオルハンカチを手に取った。
高倉さんに歩み寄り、両膝をついて、その顔を慎重に上げてからアスファルトとの間にタオルハンカチを敷く。
「……ごめんね、高倉さん」
雅弥が不可解そうに眉根を寄せた。
「なぜ謝る。その女はアンタを殺そうとしたんだぞ。もう忘れたというのなら、そこに落ちてる鏡で首を見てみろ」
「首って……ええー、跡になってるの……? 会社あるのに、どうやって誤魔化そう」
そういう性癖だと思われるのはゴメンだし、かといって首元にグルグル包帯を巻くのもちょっと……あらぬ誤解を受けそうで。
(しばらくはハイネックと、ストールコーデかな)
そうと決まれば、いい感じの服を買い足しに行かなきゃ。ううん、見られたら困るんだから、ネットの方がいいかな。
どちらにしろ、なんとかなるでしょと頷いて、私は高倉さんに視線を落とす。
「だって、高倉さんがこうなっちゃの、私のせいだから」
「……おかしなことを言うな」
雅弥はますますわからないと顔をしかめる。
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