第11話喫茶『忘れ傘』の再会②
雅弥は私がどこに座るのかなんて興味もないようで、再び本を追っている。布製のブックカバーがかけられているから、なんの本なのかはわからない。
机上には焼き物の湯呑みと、揃いの急須がひとつ。
となると雅弥は従業員としてではなく、"客"としてここに座っているということ。
(……ここ、雅弥のバイト先でも、祓い屋のお店でもないんだ)
昨日の今日だし、ここでお茶でも飲みながら依頼料の話をして、それがまとまってからお葉都ちゃんと会える場所に移動するって計画なのかもしれない。
契約、お金の話。うんうん、どちらも大事なこと。
いろいろと聞きたいのは山々だけれども、ひとまず私は一番に大事なことを確認しないといけない。
「……ねえ、あのさ」
声をかけた私に、雅弥がうっとおしそうに視線だけで私を見る。
私は少し声を潜めて、
「ぶしつけで悪いんだけど、もしかしてさっきの店員さん、雅弥の恋人だったりする感じ……?」
「……は?」
雅弥は一瞬、理解できない言語を耳にしたような顔をした。
その顔がなんだか普段より幼く見えて、あ、ちょっとカワイイかもなんて思っていると、雅弥は即座に眼光を鋭くして、
「ふざけるな。どうして俺がアイツと」
「どうしてって、二人がお付き合いされている理由なんて私が知るはずないでしょ。ただ、もしそうだったなら、誤解ないようにキチンと説明しないと……」
「誤解? なんのだ」
「だって、急に女が尋ねてきたら、疑う可能性だって無きにしも非ずってやつだし。あ、しかも私、"雅弥"って呼んじゃってるじゃん!」
「だから、なんの話だ」
「もー、わからないの? アナタが浮気してるんじゃないかとか、私がアナタに気があるんじゃないかとか、色々あるでしょ!?」
「……あっはは!」
耐え切れない、といったように上がった笑い声に振り返る。
と、お冷とおしぼりが乗ったお盆を片手に、先程の少女がもう片方の手をお腹にあてて、
「ごめっ、その……おもしろ過ぎて……っ、ちょっと、ドツボかも」
ひーひー笑いながらローヒールの靴を脱いだ彼女が、畳を進んで机横に膝をついた。
「あー、こんなに笑ったの久しぶり! はい、これお冷とおしぼりね」
「あ、ありがとうございます……。あの、ごめんなさい、初対面であまり詮索するのも失礼だとは思ったんですけど……」
「ううん、ぜーんぜん大丈夫だよ。ねえ、雅弥? ホント、いい子を連れてきたねえ。えらいえらい」
「…………」
前方から恨みがましい視線が、
なによ。私、べつに間違ったこと言ってないでしょうが。むしろ親切心なんだけど!
心中での抗議が伝わっているのか否か。わからないけども、少女はにこやかに小首をかしげて、
「とんだ"じゃじゃ馬"だって言うからどんな人が来るのかと思ったけど、さいっこうだね! ボク、気に入ったよ」
(ちょっと、どんな説明したのよ!)
今度は私が非難がましく雅弥を睨みつける番だ。けれども雅弥はひるむことなく、ふてぶてしく腕を組んで睨み返してくる。
まさしく、両者一歩も引かず。
ぶつかり合う視線の中間あたりで、少女が「はいはい、そこまで!」と手を叩いて無言の決闘を断ち切った。
私に向き直って姿勢を正すと、ニコリと笑みを浮かべる。
「今後のこともあるし、ちゃんと自己紹介しておかないとね。ボクは暇つぶしにここで働いている、カグラだよ。この家の裏庭にある祠に憑いている、白狐なんだ」
……ん?
なんかいま、さらっと重要事項を伝えられたような。
「……ええと、違ってたらごめんなさい。それってつまり、"お稲荷さま"ってことだったりします?」
「あ、惜しい! 確かにボクがいるのは"お稲荷さま"を祀っている祠なんだけど、ボクは"お稲荷さま"の
私が瞬きをした一瞬で、彼女ことカグラちゃんの頭に白い狐耳がひょこりと二つ現れた。
おまけにスカートの下からは、モフりとした尻尾が伸びている。
どちらも彼女の髪色と同じ、艶やかな銀色の毛に覆われていて美しい。
「信じてくれた?」
お伺いを立てるようにしてコテリと首を傾げたカグラちゃんに、私は「はい、もちろん!」と勢いよく頷いた。
美少女に狐耳と尻尾。しかも上目遣いまでされたら、疑う余地もない。というかすっごくカワイイ。
「ええと、これも"化け術"って理解であってます?」
「あ、もしかして昨日の"のっぺらぼう"さんに聞いた? ちょっと違うけど、同じ認識でいいと思うよ。ヒトからすれば、あやかしとボクの差なんて、紙一重みたいなもんだしね」
そう、なのだろうか。
なんとなく、あやかしと神様を一緒にしてはいけないような気がするけど……。
「それよりさあ、もっと雅弥と話すみたいにしゃべってくれていいよ。ボクも仲良しになりたいし!」
耳と尻尾をポンッと消して、カグラちゃんが自身の両手を組む。
私に兄弟はいないけれど、こんな妹がいたら溺愛しちゃうだろうなあと予感させる可愛らしさに、つい頬が緩んでしまう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。私は柊彩愛。特に霊感なんかも一切ない普通の社会人なんだけど、お葉都ちゃん……ええと、昨日ののっぺらぼうちゃんの名前なんだけど、彼女が言うには、女の嫉妬の気が纏わりついてるみたい」
「あ、それ、彩愛ちゃんも知ってたんだ?」
「カグラちゃんにも見えるの?」
「うん、わかるよお。彩愛ちゃんが望むなら、相手の子をちょーっとばかし懲らしめることも出来るけど、どうする?」
コーヒーにミルクと砂糖はいりますか? に近い気軽な調子で尋ねられ、私は一瞬躊躇するも、
「……いったん、まだ様子を見ておいてもいい?」
「そっかあ、それじゃあ、必要になったらいつでも言ってね」
「……ありがとう」
神様ってこんなカジュアルに出会って、サクッと手助けしたもらってもいいものなんだっけ。
これまでの人生にない例外続きで頭を悩ませていると、「これがメニュー表だよ!」とカグラちゃんが小さな冊子をくれた。
そうだ。ここは喫茶店だった。
「ありがとう」受け取った私が興味津々でメニューを開くと、
「……おい。アイツはいつ呼んだらいいんだ」
低い声で、雅弥が尋ねてくる。
「え、ここで呼んでいいの?」
「そうでなければ、ここに居る意味がないだろうが」
「でも、お店の人……店長さんの許可とか」
確認するようにしてカグラちゃんを見遣ると、彼女は「あ、それは大丈夫だよー」と人差し指を頬に当てて、
「だってここ、雅弥のおウチだからね。いうなれば、雅弥が店長さんってトコかな」
「え!? 店長!? しかもここ、雅弥の家なの!?」
「うるさい。落ち着いて話せないのかアンタは」
「だって、祓い屋だって……っ!」
「俺は祓い屋だ。この店の経営については基本的に関わっていない。それと、俺には家がないと思っていたのか?」
「そーゆーことじゃ……っ」
(あーもー、衝撃事実発覚の連続すぎて頭こんがらがってきた!)
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