第2話『姿の見えないストーカー』に追われています②

 私は先日、部長の息子と"お見合い"をした。

 というか、まんまと騙されて、否応なしに引き合わされた。

 大事な取引先との商談だというから、貴重な休日を潰してまで都合を合わせたのに。


 ――柔和な雰囲気を作りたいから、スーツではなくワンピースで来てほしい。


 事前にそう伝えられていた私は、爽やかなペールブルーのワンピースにオフホワイトのカーディガンを羽織り、髪も緩く巻いてメイクも主張し過ぎないフェミニン系で整えた。

 時計からアクセサリーまでシルバー系で統一して、香水は温度の高い胸元に少しだけ隠しつける。


(うん、さすが私。めちゃくちゃ綺麗!)


 お洒落は楽しい。だって色々な自分になれるから。

 靴の色からネイルまで徹底してつくりこんだ自身の姿に満足した私は、これだけ気分いいんだから商談も上手くいくはず! とやる気満々で部長の指定してきた青山のレストランに赴いた。


 相手企業の基本情報は、頭に叩き込んである。

 時事ネタもいくつか仕込んできたし、商談が長引いた場合に備えて、この付近のカフェも数か所調べてきた。抜かりはない。


 絶対に上手く纏めてやると気合十分な私の前に現れたのは、妙に緩んだ笑みを浮かべた部長と、スタイリッシュな縁なし眼鏡をかけた手ぶらの男性だった。

 深い藍色のスーツを着たその人は、背が高くひょろりとしていて、華やかではないものの嫌味のないすっきりとした顔立ちをしている。


 歳は私の少し上……ってところかな。

 もっと年嵩の人が現れると思っていた私は胸中で面食らいながらも、愛想よく微笑んでさっとハンドバッグから名刺入れを取り出した。

 なのに、部長は私の側に寄るなり「うんうん」と頷いて、


「いやあ、いいねいいね。どうだい? 俺の言った通り、とびっきり綺麗な子だろう?」


 ん? と違和感。

 そんな私の硬直など露知らず、「なあ?」と部長の視線を受けた眼鏡さんは、不躾に視線を上下して私を一通り眺めると、


「……うん、絶対たいしたことないの連れてくると思ってたから、正直驚いたよ。顔もスタイルも俺好みだし。これなら今日は逃げないで真面目にやるか」


 ……はあ?

 あのね、確かに私は綺麗ですよ。でもさでもさ、失礼すぎない?


 なぜか上から目線で容姿を査定してきた眼鏡に、疑問と怒りが沸々と湧いてくる。

 私はウチの商品じゃないし、仕事だっていうから来ただけで、アナタの好みかどうかなんて微塵も興味ないんですけど。


(……そのお高そうな縁なし眼鏡、叩き飛ばしてやろうか)


 って、ダメダメ。これは仕事、これは仕事。コイツは大事な取引先!

 心の中で念仏のように唱え続け怒りを腹底に押し込んだ私は、お得意の営業スマイル120%でにこりと「本日は、よろしくお願いします」微笑んでみせた。

 すると、部長は感激したように手を打ち、


「そうかそうか! よし、それならさっさと行こう! さあさあ柊くん、確かレストランは二階で……」


「あの、ちょっと部長!」


 スキップでもしそうな調子で先を促す部長に、私は慌てて「あの、ご挨拶がまだ……」と名刺を示した。

 けれど、いつもなら即座に挨拶をさせる主義の部長が「ああ、そんなのいいよいいよ」と手を振って、


「今日はそーゆーお堅いのはいらないよ。あれね、ウチの息子。そんで今日はね、"お見合い"って名前の商談だから!」


「……は?」


 思わず零れた声に、眼鏡がふはっと吹き出す。

 跳ねるようにして振り返ると、ソイツは「あーあ、騙されちゃったんだね」と小馬鹿にした笑みを浮かべて、


「でも大丈夫。すぐに来てよかったって思えるから、ね?」


 さ、行こうと。腰に回された手に鳥肌が立つ。

 あ、本気で無理。身体中の細胞が大声で拒絶を訴えるけれど、相手はまがりなりにも部長の息子。下手なことは出来ない。


(うーん……ひとまず適当に付き合って、さっさと断ればいっか)


 こうして私は、望んでもいない"お見合い"をさせられてしまった。

 眼鏡の彼は孝彰たかあきさんというらしい。大学在籍中にVRの活用をメインとするベンチャー企業を立ち上げ、今も社長として国内と海外を飛び回る日々を送ってるという。


 VRとはなにかから始まり、市場がどうとか、自身の発想力の豊さがどうとか、しまいには社交パーティーの裏事情まで二時間たっぷりと聞かされ、せっかくのフレンチもどれ一つ味なんて覚えていない。


 口直しに駅でケーキでも買って帰ろうかな……。

 あ、あのドラマ見なきゃ。配信来てるはず。

 表面だけは笑みを崩さず適当に相槌を打って、耳に入る雑音を右から左に捨てていく。


「どうだい? この後は二人で、場所を変えてもう少し話しをしたら」


 空気の読めない部長と同じく「いいね」と乗り気な孝彰さんに、「食べ過ぎてしまったので」と断りをいれ、計画通りそそくさと帰宅した私は、その休み明けに早速とお断りの返事を告げた。

 それが、三日前。

 その翌日、部長は私の顔をみるなり朝の挨拶もすっ飛ばして、


「いやあ、息子が残念がっていてね。何が気に入らなかったんだい?」


 いや、何がって全部ですよ。

 そんな本音はもちろんきっちりと心に秘めて、当たり障りのない言葉でかわした翌日。

 同じように朝一番から私のデスクにやってきた部長は、


「それがね、ずっとキミの事ばかり考えてしまって、仕事が手につかないそうなんだ」


 私はまったく浮かびませんけどね。……って、だめだめ。

 そう自分を宥めて、これまた冗談めかして笑って凌いだ。


 ……からの、今日はこれ。

 三回目。しかもデスクではなく、会議室へのお呼び出し。

 こんなに拒否しているのに、よくもまあ、もう一度会えだなんて。


(ほんと、空気読めないっていうか、自己中心的というか……)


 うん、やっぱり無理。

 本音を言えたら一番なのだけど、今後のことを考えると当然そんな愚策はとれない。

 私はまだまだ、この会社でお世話になる予定なのだから。


(さあて、どうしよっかなあ……)


 もう一度会うなんて、絶対に嫌。どんなに懇願されても、首を縦にふるもんか。


(相手を怒らせず、かつ確固たる拒絶を示せる言葉、ねえ……)


 ああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、いつまでもいい返事をしない私に痺れを切らしたのか、部長は掌を返したように不貞腐れた顔をして、「……だいだいねえ」と頬杖をついた。


「柊くん、もう29だろう? ここで決めておかないと、本当に貰い手がいなくなってしまうよ?」


「……はい?」


「確かにね、キミはとんでもなく美人だ。けどね、いくら美人だろうと、30を過ぎたらねえ? 大体、今だって恋人すらいないんだろう? なら、充分にいい話じゃないか。息子は35だし、年齢的にも丁度いいだろう? 金だってある。いつまでも理想ばかり追いかけていたって、白馬の王子様なんて一生現れないさ。もっと現実を見るべきじゃないかい?」


 なに、その、まるでキミの為だとでも言わんばかりの態度。


 女は結婚が、年齢が全てだとでも?

 恋人がいなければ、白馬の王子様を夢見てる……?


(……あ、駄目だ)


 必死に抑え込んでいた憤怒が、勢いよくリミッターを弾き飛ばす。

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