第28話『入れない家』の調査に行きます④
連想ゲームさながら、自分の腕が真っ黒な"何か"に食いちぎられる光景を想像しかけた刹那。
すいと向けられた漆黒の双眸が、決意を瞬かせて私を捉えた。
「アンタのことは、俺が守る」
「!」
言い切って、雅弥は再び押し入れの捜索をはじめた。
微塵の疑いもない、確信的な自信。
言葉にせずとも、"だから安心しろ"と、雅弥の意図は伝わってくるのだけど……。
(……なんだろう。この、違和感)
妙に波立つ胸中の理由を知ろうと、私は胸に手をあてた。
ほどなくして、気づく。
悔しいんだ、私は。雅弥に"守る"と言われて。
確かに私は"見える"ってだけで、祓うどころか、扉を開ける
ワガママ言って家に上がらせてもらえただけの、ただの"か弱い"人間。
――守られるべき存在。
それが、悔しい。
「……なら、私は」
呟きに、雅弥の怪訝そうな目が向く。
まっすぐに視線を捉えた私は、決心に両手を握りしめて、
「私は、雅弥を守る」
「…………は?」
「私、運動神経もけっこういいし、今だってそこそこ鍛えてて、腹筋に線入ってるんだから。あ、直接見てもらったほうが早い……」
「まて。やめろ服を捲りあげるな……っ!」
風のような早さで距離を詰めた雅弥が、シャツの裾を握った私の両手を必死に抑え込む。
「恥じらい……は持ち合わせていなかったとしても、羞恥心くらいはあるだろう!?」
「べつに、見られて恥ずかしい腹筋じゃないもの。実際に根拠を見せたほうが、説得力も高まるでしょ? そんなに焦っちゃって……あ、もしかして、雅弥って筋肉に興奮するタイプの人だった?」
「違う! そういうことでは――ともかく服からその手を放せ……っ」
あまりの形相にしぶしぶ裾を開放すると、雅弥はぐったりと頭を垂れて、
「本当……なんなんだアンタは……」
ちょっと情けない声で呟いた。
「ねえ、話の続きしてもいい?」
「……そうだな。アンタの奇行が読めた試しはないが、今後のためにもアンタの思考パターンを知っておきたい」
雅弥が私の手を解放して、手を退く。
その指先が完全に地を指す前に、今度は私が両手で掬い上げた。
手の内の指先が微かに強張る。私は構わず雅弥を見上げ、「だからね」と続けた。
「本当にヤバそうになったら、悪いけど、力づくでも雅弥をおぶって逃げるから。"祓い屋"としては屈辱でしょうけど、私だって、雅弥にはちゃんと雅弥として『忘れ傘』に帰ってほしい。二人で皆のところに戻るためにも――私が、雅弥を守る」
私を見下ろす双眸が、これでもかと見開かれる。
驚愕。それもそうよね。
だって私は雅弥からすれば、ただ"見えるだけ"の人間なんだもの。
「馬鹿を言うな」か、「寝言は寝て言え」か。
呆れられるのは覚悟の上。けれど、「ふざけるな」って。
一番に向けられるのが嫌悪だったら……ちょっと、悲しい。
(でも、これは私の決定事項だから)
どんな返答がこようと意志は曲げない。
そんな意地を込めて、少しかさついた指先を強く握りしめる。
と、雅弥は顔を伏せ、
「……アンタは、本当にわけがわからないな」
「へ?」
顔が上がる。
私に向けられたのは、どこか挑発めいた、当惑的な笑みだった。
「アンタのことだ。やると言ったらやるのだろう」
なら、やってみせろ、と。
そう告げる雅弥の声から、どこか
ぼんやりしていた私の両手から、するりと離れた指先。
雅弥はすっかりいつも通りの無愛想顔で、部屋をぐるりと見渡した。
「ここには居なそうだな。奥を見てから、二階に上がってみるか」
「あ、うん!」
歩みだした雅弥の背を追いかけ、再び廊下に出る。
けれど私の思考は、先ほどの衝撃にとらわれたまま。
(雅弥って、笑えるんだ……)
初めてみた。
うん……笑うとちょっと、いつもより幼く見えるかも。
(って、ぼやっとしてたらダメダメ! 今はいつ何が現れるかわからないんだから、集中しなきゃ)
守ると宣言したのだから、絶対に、なにがなんでも二人で無事に帰ってみせる!
両手で頬を叩いて気合を入れなおした私は、雅弥の生温い視線を受け流しつつ途中でトイレを覗いて、それから廊下奥の浴室へと向かった。
「……せめて、私にも気配がわかればなあ」
風呂場の扉を開ける雅弥の背後。洗濯機の蓋を上げながら呟くと、
「一度分かるようになってしまうと、望まずとも"感じる"ようになる。アンタが思っているよりも面倒だぞ」
「うーん、でもやっぱり少しくらい戦力になりたいというか。高倉さんの"念"が見えた時は、嫌な感じがしたんだけどなあ……」
「それはおそらく、あの"念"の標的がアンタだったからだろう。のっぺらぼうの時もそうだが、特定の個人に何かしらの執着が向けられている場合と、こちらから意図的に気配を察知するのではワケが違う」
「へえー、なんか複雑なのね」
そう返した途端。
――リン、と。どこか遠くから聞こえた、軽やかな鈴の音。
私は顔を跳ね上げ、
「! 雅弥いまの……っ」
「なんだ?」
「鈴のおと! 聞こえなかった――って、玄関に鈴なんてついてたっけ?」
「あ、おいっ!」
呼ばれるようにして、私は廊下を覗き込む。
瞬間、息をのんだ。
二階へと通ずる階段横。玄関の上り口に、小学生くらいの男の子が立っている。
灰色の髪と、同じ色の瞳。くすんだ白いシャツは華奢な身体をさらに頼りなげにしていて、灰褐色のハーフパンツからは、骨ばった膝小僧が見え隠れしている。
私を見つめる少年は、くしゃりと今にも泣き出しそうに顔を歪めて、
「……出ていって」
「!」
「……ここは、僕が守らないと」
幼く澄んだ声に気を取られていた刹那、
「……出たな」
「! 雅弥っ」
風呂場から引き揚げてきた雅弥が、廊下に踏み出て、鞘から"薄紫"を引き抜いた。
少年の頬が強張る。それでも彼は怯えの浮かんだ瞳に決意をみなぎらせ、
「この家から、出て行って……っ」
「っ! 逃がすか……っ!」
階段を駆けあがっていく少年を、雅弥が追いかける。
私もその背を追うようにして駆け出し、
「雅弥っ! なんかあの子、ワケありっぽくない!?」
階段下から叫ぶも、駆けのぼっていく背は振り返りもせず、
「だとしても、俺は"祓い屋"だ。俺は俺の仕事をする……っ! アンタはそこにいろ!」
(――ダメ)
このまま雅弥を先に行かせたら、あの子はきっと、そのまま斬られてしまう。
(――それじゃダメ!)
直感に、私も階段の手すりをつかんだ。
「私もそっち行く!」
叫びながら駆け上がる。
先に上り切った雅弥が驚いたようにして振り返り「アンタはまた……っ」とちょっと怒ったような顔をした。
「だってあの子、絶対になにか理由が――」
その時だった。
バンッ! と
同時に顔を跳ね向けた雅弥が、
「止まれっ!」
焦った声に足を止める。
刹那、嵐の雨音に似た打撃音が響き渡り、階上からバラバラとガラス状の粒子が転げ落ちてきた。
「え、え、なに!?」
腰を折り、代わる代わる私の足を叩くそれを手にとると、
「……ビー玉?」
ううん、それだけじゃない。
よく見ると、透明なおはじきも混じっている。
(そういえば、お祖母ちゃんの家にも、綺麗なガラス製のおはじきがあったなあ)
宝石のようなそれをジャムの瓶に詰めて、太陽の光に透かす。
そうすると、光が色を躍らせて、美しいおとぎの国に迷いこんだような気分に――。
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