第34話 なにもわからない!?

 翌日、私は先輩と登校時間が被らないように学校に向かうと、クソメンヘラ女――凛堂先輩と校門前ですれ違った。

 凛堂先輩はぱっちりとした瞳に複雑な感情を含めて私を見つめてくる。

 こほんこほん。私はわざとらしく咳払いしながら凛堂先輩を一瞥して、そのまま一年校舎の昇降口に入った。あの様子だと、もしかしたら私の登校時間を読んで来るのを被せてきたのかもしれない。


 昨晩のことといい、一番厄介な相手だ。

 単純で思考が丸わかりな先輩や宮寺先輩と違い、凛堂先輩の心情は得体の知れない雰囲気に包み隠されている。性格や考え方が私と似ていそうだなと思う。こちらが少しでも出遅れると罠に嵌められそうだ。警戒しながら、私は自分の教室に向かう。


 罠、といえば。

 昨日のあれば一体全体なんだったのだろうか。

『天音に決まってるよ』

 先輩の声を思い出して顔が熱くなりそうになるが、今は必死に感情を押し殺した。あの音声ファイルが送信されてから数時間の闘争(許すか許さないか)を終えて、私は先輩の誘惑に勝利したのである。

 ふふん、やっぱり最後に掉尾を飾るのはこの私だもんねっ! 私が下僕に惑わされることなんてないんだからっ!


 まぁそれはさておき、あれを送信してきた凛堂先輩の意図が掴めない。

 あれを聞くことで私が先輩と仲直りする……なんて短絡的な事は思っていなさそうだ。なにか別の目論見がありそうだが、それを噯にも出さない凛堂先輩が相手では考えても徒労に帰すだけである。


 あのメンヘラ女はひとまず忌避しておこう。うんうん。

 そう総括をしながら私は階段を上り、廊下を曲がろうとして、


「えっ……」


 私の腕は何者かに掴まれた。

 相手はそのまま私の腕を引っ張って別方向の通路に連れていく。

 腕を引き反抗の意を見せるが、相手の力が優っているのか私は引きずられるように付いていくしかなかった。

 ただ、その相手の後ろ姿には、見覚えがあった。


 相手は目的の教室に着いたのか立ち止まると、古びた木製のドアを開けて私と入室をする。

 私の記憶が正しければ、ここは現在使用されていない物置場と化している教室であった。案の定、バケツに複数本のポスターが乱雑に入れられていたり、家庭用のクリスマスツリーが置かれていたり、学園祭用の飾りなどがしまわれている。

 周囲には特別教室が隣接しているため、もし荒事に巻き込まれようとも、恐らく助けてくれる人は来ない。


 そして、その相手は荒事を起こさんとする力強い眼差しで私を据えた。


「……なんの用ですか、宮寺先輩」


 私は睨みを利かせて、堂々たる態度でそう尋ねる。

 宮寺先輩は怒っているような悲しんでいるような、よくわからない表情をしていた。

 一つ確かな事があるとするのなら、私は凛堂先輩に嵌められたということだけ。校門前で遭遇したのも偶然なんかではなく、私が来るまで待ち構えていたのだろう。私が現れたのを見るなり、一年校舎で待機していた宮寺先輩にその情報をリークしたと見るのが合理的だ。完全にしてやられた。

 

「天音ちゃんはさ、いつまでそうしてるつもりなの?」


 怒気を孕んだ声音が響いた。

 その口振りから大方の事情は耳にしているのだろうとわかる。


「だったらなんですか?」


 私も刺々しい言葉で返した。


「咲人くんが天音ちゃんと仲直りしたがってるの、わかってるよね? それなのにどうして咲人くんを困らせるようなことばかりするの?」

「……別に、宮寺先輩には関係ないじゃないですか」

「ううん、関係なくない。わたしは咲人くんの友達だから」

「友達なだけで、当事者ではないじゃないですか」

「そう、だね……わたしは確かに友達なだけだよ」


 出入り口を塞ぐように佇んでいる宮寺先輩は顔を俯けた。

 ややあって、彼女は握り拳を作りながら悔しさを吐き出した。


「わたしは咲人くんの友達でしかないから」

「………………」

「わたしじゃ咲人くんの恋人にはなれないから」

「………………」

「わたしは咲人くんが大好き。でも、わたしじゃダメなんだよ。咲人くんはわたしを彼女にはしない。きっとその席は、もう先約で埋まってるから」

「………………」


 ……そんな告白、私にされたって困る。

 居心地が悪くなって私は宮寺先輩を視界の外にやる。

 ”先約”だなんて知らない。先輩の恋人の席なんか知らない。宮寺先輩はその席の主が私だと思っているみたいだけど、そんな席座ってやるもんか。先輩が私を選ぼうとも、私は先輩を選んであげない。

 ……少なくとも、先輩が誠意ある行動を見せるまでは。


 沈黙を貫いていると、宮寺先輩は私との距離と詰めてくる。


「本当はわたしがその席に座りたかったよ! 天音ちゃんよりもわたしのほうが咲人くんのこと好きだもん! でも、わたしじゃダメなんだよ……咲人くんは、わたしを選んでくれないから……っ……あぁぁぁぁぁぁぁ――」

「………………」


 彼女は私の両肩を掴んで、ボロボロと涙を溢した。

 ……そんな風に泣き付かれても困る。

 私は宮寺先輩を軽く突き放すと、この教室を出た。


 宮寺先輩は私にどうして欲しいのだろうか。

 私たちの長い付き合いを、先輩は崩したというのに。今更私にどうして欲しいというのか。

 私には、なにもわからない。

 先輩が私のことをどう思ってるのかも、もうわからないのだ。

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