第2話 セクハラさせられた!?

 グループの面々には僕直々に手を擦り合わせて、天音を加えてもらえるように頼み込んだ。

 断ってくれと願いながらも、みんなは即承諾。男子数名は大喜びで天音を迎え入れていたくらいだ。


「せ~んぱいっ、私と手でも繋ぎますかー? 今ならなんと恋人繋ぎも可能ですよっ」


「しない。頼むからみんなの前でやらかしてくれるなよ……」


 やはり顔とスタイルがいいだけあって、昔と変わらずどこからも引っ張りだこらしい。僕なんかとは大違いだ。


 だからこそ、中学の頃から常々不思議に思っていた。


 自慢じゃないが外見なんか平々凡々としていて、年齢=彼女いない歴と宝の持ち腐れをしているくらいなのに……僕になんでこうも執拗に絡んでくるのか。

 天音は男子から週一ペースで告白されていたらしいが、それを全て跳ね除けてまで得られるものはなんなのか。


 まぁ考えたところで、悪魔の思考を読めるわけないけどな。 


「えへへ〜、先輩の進級デビューを邪魔しちゃいましたねっ」


 宮寺には『中学の後輩』と説明して、他の面々にもそう伝えてもらったので変に勘繰られることもなく、大所帯となった列の最後方を天音と横並びで歩いていた。


 ……大人数の場になったからといって、ウザいのには変わりないけどな。隙ある度に悪魔へと豹変しやがる。


「おい、自覚してるならめちゃくちゃ嬉しそうに言うなよ。というかデビューってなんだ、友達とか彼女とかの話ならとうにデビューしてるわ」


「ふぇ……? もしかして先輩、彼女できたんですか……? 先輩のおちんちん取られちゃったんですか……!?」


「取られるもなにも元々お前のものじゃねえよ!? あと公衆の面前で卑猥な単語出すのやめろ!?」


「うぅ、そんなことはいいから質問に答えてください!」


 天音は僕の腕をガシッと掴んで盛大に揺さぶってきた。


 とか、って曖昧に濁したらどう反応するのだろうか――なんて面白そうに試してみた数秒前の自分を殴りてえ……!!


「い、未だに彼女ができたことなんてないからッ。ちょっとこけそうだから離してくれ……!?」


「なーんだ、いないんだ……私に嘘つくなんて、先輩にはお仕置きですっ」


「なっ――!? ちょ、ちょ――!?」


 転ばされるのかと思いきや、天音が腕を引き寄せて……コイツなんで自分の胸を押し付けてるんだよ!?

 制服越しであるのに、布の厚さを感じさせないほどの柔らかさと肉厚が腕に伝わってくる……って、そうじゃなくて!?


 どういうつもりだと彼女の表情を見やると、にへらと小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。これはあれだ、いつも僕を弄り倒しているときのあれだ。恥ずかしがっているところを楽しんでいるときのあれだ。


「どーですかぁ? 嬉しいですか、嬉しいですよね~? こーんなに可愛い後輩のおっぱいに触れられるのは先輩だけなんですよ?」


「っ…………べ、別に嬉しくなんか…………」


「あ~! ほっぺ真っ赤にして照れるなんて相変わらず可愛いですね~! 今度生で触らせてあげましょうか!?」


「要らんわっ!!」


 玩具のように扱われていたが、タイミングを計らって天音は拘束をやめた。

 どうやら騒がしくしすぎたのか、前方にいるクラスメイトが後ろを振り向いたらしい。


 危機意識と、用意周到な計算能力はさすがと褒めたくなる。

 マジでバレなくてよかった……。




***




 カラオケに到着すると、大人数用のパーティールームに案内された。

 宮寺が事前にアポイントを取っておいていたため、スムーズに入室ができてほっとする。


「せ~んぱいっ、隣座りましょ!」


「いや、遠慮しとくわ。せっかく上級生と知り合える場だし、他のところ行ってこいよ」


 自分を保身するためだが、あえて天音のためと親切に言ってやった。

 ふっふっふ、このバカならきっとすんなり騙されて他のやつのところに……。


「(バラされたいんですか?♪)」


 行きませんでした。

 僕にしか聞こえない声量でにこやかに脅してくる天音は、中学時代に比べてさらに磨きがかかっているように思えた。


 まぁいい……、どうせみんなパリピ状態になったら席順などグチャグチャになるに違いない……。少しの辛抱だ。


 ――というフラグも見事に回収してしまい、小一時間ほど経ったが天音はどこかに行く素振りすら見せていなかった。


「な、なぁ天音? せっかくだし他のやつとデュエットして歌ってみたらどうだ?」


「ん~、先輩となら構いませんよ? あ、あと、『天音がどっか行けば僕は自由の身になれる』とか、下僕が舐めた考えしてたらさすがに怒りますからねっ?」


「はい…………」


 微かに怒気を含んだ助言に、背筋を凍らしてしまった。


 こえーよ!? その絶対零度の眼光はなんだよ!?


 昔からそうだけど、天音は他人の思考回路を読むのに長けている。だからこうして弱みを握られるし、僕を弄ぶのも上手だ。

 集団でいる時ほど安易に反抗してはならないことを、今更ながら思い出してしまう。


「ふふっ、先輩がいい子にしてれば私だって怒りませんからねっ? ちゃんと反省してて偉いので、ご主人様の私は先輩にご褒美をあげますよ~」


 今度はなにをやらかしてくれるのかと警戒していると、天音は自分の手を僕の手に重ねだした。

 そのまま僕の手を掴んで、まるでなにかを隠すかのようにスッと自分のスカートの中に入れだす。


「…………っ、は?」


 理解が遠く及ばず、天音の顔とスカートの中に消えた自分の手を交互に見やった。

 

 ちょっとだけ指を動かしてみると、もちもちとした天音の”太もも”が僕を迎えた。


「んっ………せんぱぁいのえっち…………えへ」


「いやいやいや、待て待て待て……ど、どうなってるんだ……」


 天音は自分でやらかしておきながら頬を赤くしていたが、表情は満悦だと言わんばかりのいつもの感じである。


 そうだ、天音はいつも通りからかっているだけ。僕を弄る方法が『セクハラさせる』ことだっただけで、それ以上でも以下でもない。過剰に反応するとコイツの思う壺なわけで……。


「んんっ、はぁ……えへへ……」


 お、おい!? せっかく動かさないようにしてたのに揺らすなよ!?

 まるで僕のことなど掌握しているように先手を打たれてしまう。


 幸いなことに他の面々は視線がモニター画面に釘付けされていたのでバレてはいなかった。どうやら最近ヒットした曲が流れていて、ノリノリな様子だ。


 その曲が終わると天音はいい子ぶってる後輩キャラを演じだして、スカートからも抜け出すことができたが……。



 天音は中学時代よりも、大人びたからかいをするようになっていた――。

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