弱みを握られている僕は、毒舌でウザい後輩に下僕扱いされている。

にいと

第1話 またしても悪魔に脅された!?

 どうでもいいが、僕はとにかく年下という存在が大嫌いだ。


 大雑把すぎるので訂正――”後輩”が大嫌いだ。


 後輩全員が一概に苦手というわけではないが、苦手意識はある。どんな矛盾だよって自分でも笑えてくるが、とにかく生理的に受け付けないのだ。

 だからだろうか。体育館の壇上に上がった新入生を見て、こんなにも冷や汗をかいているのは。


「……………………っ」


 新入生の代表挨拶をこれから行おうとしている彼女は、およそ数10クラスが並ぶ生徒の中から2年1組の方を見やり、目を細めてニヤリと微笑んだような気がした。


 違う――僕がいることに気づいて微笑んだのだ。

 膝が震えだして僕がこんなにも冷や汗をかいている理由? かつて3年生を務めていた先輩がいなくなったから? 後輩という種族が入り混じってきたから?



 否。



 …………後輩嫌いを植え付けてきた、憎たらしい悪魔が入学してきたからだ。






***






 入学式と新学期の関係上、今日は授業がなかった。

 長めのホームルームも終え、新入生含め一斉下校することとなり僕はそそくさと荷物を片している。


 ……ヤバいヤバいヤバい。


「ね、ねぇ咲人さきとくん? この後みんなでカラオケ行こうって話が出てるんだけどさ、よかったらどうかな? あ、いやでも顔色悪そうだったから無理にとは言わないけど……」


 とにかく急いで荷物をまとめていると、先ほど学級委員長になったばかりの宮寺雫みやでらしずくが僕の席まで訪れた。腰辺りまで流した綺麗な黒髪を弄りながら、遠慮気味に誘ってくる。


 カラオケ、カラオケか。でも今は……いや、逃げるには好都合だな。


「むしろ混ぜてほしいッ! 頼む、この通りッ!」


「え、えぇ!? い、いやわたしから誘ったんだから頼まれなくても大丈夫だからね!?」


「君こそが僕のプリンセスだよ」


「わたし口説かれた!?」


 クスリと笑いを漏らした彼女は、「じゃあついてきてね」とグループの方へ案内をしてくれた。新学級なだけあり名前も知らぬ面子の集まりだったが、コミュ力オバケの宮寺がいるので普通に楽しめそうではあった。


 宮寺とは一年の時も同じクラスで、こうして時々遊びに誘ってくれるくらいには仲の良い相手である。いわゆる友達ってやつだ。


 彼女にひっそりと感謝しつつも僕らは集団で廊下に出ると、そこには異彩を放つ少女が壁を背にして佇んでいた。


「せ~んぱいっ、お久しぶりですねっ! ん、あれ? なんで無視するんですかー? そこの成瀬咲人なるせさきと先輩のことですよーっ!!」


 こちらに気づいた少女は、廊下中に響き渡るような声量でそう言い放った。

 だが僕は先頭を切ってスタスタと昇降口へ向かっていく。見て見ぬふりをしたものの、心中ではかなり動揺していたが……。


 な、なんでアイツが2年の教室にまで来てるんだよ……!?


「なぁ、あれお前のことじゃねーのか? てかあれ、新入生代表の子じゃね? めっちゃ可愛かったから覚えてるわ~」


 グループの内一人が僕にそう口ずさんだ。


「知らん。どうせ人違いだろ」


 構わずグループの面々を引き連れていこうとすると、


「あーあ……バラしちゃおうかな……」


 後方から、冷え冷えとした声音が聞こえてくる。

 僕にもっとも効力を発揮する最強単語、「バラしちゃおうかな」が発動されたと同時に少女の方を見やった。


 少女はにたぁっと満面の笑みのまま、僕に『早くこっちに来い』と手招きをしている。


「ごめん、ちょっと行ってくる」


 みんなに断りを入れて、彼女の元まで向かう。

 鉛でも引きずっているかのような重い足取りのなか、歩を進めるたびに彼女のシルエットが脳内でフラッシュバックしてくる。


 ちょうど肩にかかるぐらいのミディアムボブの髪型も、亜麻色の明るい髪色も、くりっとしたつぶらな瞳も、整った耳鼻も、朱色の潤った唇も、華奢な身体つきなのも、色白い健康的な肌も、なにもかも。


 ……あぁ、クソ。中学の時となんも変わってないな。


 中学のころの彼女と、高校生になった現在の彼女。

 どちらも等しく可愛くて、それでいてウザったいほどムカつく笑みを浮かべている。


「ひ、久しぶりだな、天音……」


「お久しぶりですね、先輩っ! ところでなんで私のこと無視したんですかっ? もしかして私の手中から逃げられるとでも思いましたかっ!? 滑稽すぎてウケますね」


 相も変わらず流暢に言葉をつづる星空天音ほしぞらあまねは、僕の肩をポンポンと叩いて扇情的にせせら笑いをした。

 ただこうして僕を脅すときの声量は周りに届かないよう配慮されているし、僕にしか見られないような角度を計算して悪魔的な笑みも浮かべている。


「い、いや、ちょっとボーっとしてただけだ……悪かったな、ははは」


 彼女の機嫌を伺いながら愛想笑いをすると、天音は手にしたスマホをふりふりしながら僕に見せつけた。


「それならよかったですけどっ! でも先輩、もしかしてあのこと忘れてたりしてないですよね?」


 スマホの画面には中学時代の僕が部室で居眠りしているときの写真が映っている。

 それだけなら問題はなかったのだが……居眠りしている僕の唇に、天音の唇が重ねられている。


 しかも撮り方がよほど上手なのか、見ようによっては僕からキスをしているようにも見えるのだ。これが学校内でバラまかれたらどうなるか? 僕が加害者に仕立てられるのは火を見るよりも明らかだろう。


 どうしたものかと逡巡していると、廊下を行きかう生徒からの衆目の的にされつつあった。クラスの面々もまだかとこちらを眺めているようで早々に片を付けようとすると――


「くっ、わかってるよ……でもこれから友達とカラオケに行くんだ。要件があるならまたライン送っといてくれ」


「は? なに言ってるんですか? だって先輩、私のラインブロックしてるじゃないですか。どうやって先輩からのメッセージ確認すればいいんですか? これ以上ふざけるなら本当にばら撒いちゃいますよ」


 ものの見事に地雷を踏んづけてしまった。


「あ、あと私もカラオケ行きます。そういうことなので許可取ってきてくださいね」


「はい…………」


「ふふっ、先輩の高校生活終了のお知らせですっ! あ、でも勘違いしないでくださいね? 私は先輩のこと、だーい好きですからっ♡」


 一個だけ年下で、後輩で、外見は可愛いけど、内面は超絶ウザい。これは、そんな悪魔的な後輩――星空天音に弄られる僕のお話である。

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