第3話 堕とすと宣言された!?
一波乱迎えそうなカラオケではあったが、上級生の面倒が揃っている中で多少は遠慮の気持ちがあったのか、天音は僕以外を巻き込むようなことはしなかった。
夕方頃に解散となり電車組は最寄り駅へ、そうでない人はそそくさと帰路へ立って行った。
どっと疲れた一日だったな……こんのクソアマのせいで。
チラッと横目で見やると、それに気づいたようで天音はニッコリと微笑んだ。
「せーんぱい、今私に対してクソアマとか思いませんでしたぁ? 反抗期も可愛いですけど、ご主人様としてお説教はしますよっ?」
僕の思考を汲み取ったのか、天音は冷たくそう告げた。
「むぅ、どうしてそんな嫌そうな顔するんですかぁ」
「いやいやいや、中学時代は天音の下僕だってクラスメイトからも認知されるくらい散々弄ばれてきたっていうのに、あの日々がまた繰り返されるかと想像するだけで吐き気が……」
あんな恥辱の日々はもう御免だ。
「でも先輩、なんだかんだこうして家まで送ってくれてるじゃないですか。ツンデレですか?」
「…………たまたまだよ」
「あ、『僕の天音がナンパされたら困るから』とか思っちゃいましたっ? 下僕のくせにいい心掛けですねっ、おっぱい揉みますか?」
「も、揉まねえよ……!!」
「ナンパされたら困るのは本当みたいですね〜っ!」
あはっ、と天音はふざけるように笑い飛ばした。
しまった……前者の問いかけに反応させないように、あえてのおっぱいか……おっぱいなんてクソ喰らえ。
ふんっとそっぽを向くと、天音が「かわいーなぁ」と僕の横腹を小突いてくる。
「一応、天音の親御さんとは顔見知りだからな。お前になにかあった時、親御さんに申し訳なくなる」
「ふ〜ん、そーいうことにしといてあげますよ」
そういうことしかないんですけどね。
道のりの沿って歩いていると、駅組と同じく直進するところを天音は右折して、ふと立ち止まった。
「あれ、駅向かってるんじゃないのか?」
「いいえ? 家族総出で越してきたので家はこっちです。さすがに地元からここまで通うのは骨が折れます」
「……マジ?」
僕らが在籍していた中学、もとい地元はここから電車を乗り継ぎして一時間ほどかかる場所にある。
通学がしんどいのと身を潜めたいのもあり、僕は両親に土下座して、なんとか高校付近のマンションで一人暮らしをさせてもらっているが……。
「マジです。そのこともラインで送ったのに、無視どころかブロックしてた先輩は知らなくて当然でしょうけど〜」
天音もまた、僕と似たような境遇にあったらしく。
どことなく、努力が水の泡となって綺麗サッパリ消え去ったような心地に陥ってしまう。
「あ、ちなみにですけど先輩が一人暮らししてるって情報も入手済みなので、今度お邪魔しに行きますねっ♡」
「…………もうどうにでもなれ」
齢16歳にして成瀬咲人、人生を諦めた瞬間である。
***
「へぇ〜、こんなところに公園あったんだ! 先輩先輩、ちょっとだけ寄ってもいいですか!?」
帰路の道中で小さな公園を発見した天音は、子どものように騒いでそちらへ駆けていった。
どうせ許可されずとも勝手に行くんだから好きにしろよ、なんて思いながら天音の後を追っていく。
「ブランコ乗りましょ! どっちが高くなるか勝負ですっ!」
「その勝負はまた今度な。パンツ見えるぞ」
天音は自分を俯瞰すると、ハッとなって口ずさんだ。
「それはパンツ見たいってことですかっ?」
「ちげーよ!?」
「むむ……興味あるくせに強情ですね。さっきだってちょっと触ったくせに」
……お前が触らせたんだろうが!?
下手に反応すれば格好の弄りネタにされるので、心の中でそうツッコミを入れる。
僕が返答する気がないことを確認すると、そそくさとブランコの座席に腰を下ろした。その横に僕も座る。
天音は足を前後に揺らすと、鎖が擦れる金属音が響いた。
「せーんぱい、せ〜んぱいっ! はあぁ〜〜、やっと先輩と会えましたよ! えへへ」
「な、なんだよいきなり。気色悪いな……」
「むぅ……超可愛い後輩に久しぶりに会えて先輩は嬉しくないんですか?」
「いいように弄ばれて嬉しいわけないだろ。むしろ絶望しかない」
「そこは『めっちゃ嬉しい今すぐ抱きしめたいくらい』ってカッコつけるところだと思いますけどね〜。まぁ先輩なので期待はしてませんでしたが」
呆れたように天音は大きくため息をついた。
そんなため息つかれてもな……、仕方ないだろ。仮に天音がその歪んだ性癖を直したとしても、僕との間にできた溝は簡単に埋まりはしない。
たかだか先輩後輩の間柄、それが僕と天音の関係値だ。一番近しくて、一番遠くにいるのが天音だ。
あぁ、なんか帰りたいな……。
ふと中学時代の記憶が蘇ってしまい、ボーッとしながら僕はブランコを漕いでいた。
「………………先輩の、ばか」
天音がぼんやりとそう呟いたのを気づいた時には、もう手遅れだった。
彼女はブランコの座席を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、僕の目前まで迫ってきて――座っている僕の上に座り込んできた。
足が交差するように、互いが見つめあうように、抱きしめるような体位になって、天音は甘い息を吐いた。
「……ここで重たいんだけど、とか野暮なこと言ったら殴られるよな?」
コクリと頷く天音。
彼女はとろーんとした瞳になって、またしても甘い息を吐いた。
「ねぇ先輩、私、一年も我慢してたんですよ。ずーっと先輩に会えなくて寂しかったんですよ」
息が荒くなっていく天音は、「もう、我慢やめて、いいですよね?」と僕の耳元で囁いてくる。
ゾクッと身体が身震いした。
それは多分、恐怖から来るものではなく、緊張の表れであり。
「こ、ここ外だぞ……、誰かに見られたらヤバいだろ……」
「四方が木々で囲まれてるから、公園の中に誰か入ってこない限り大丈夫ですよ?」
雰囲気に呑まれてしまいそうだったので逃げ口を探したが、それも論破されてしまい。いよいよ抵抗のしようがなくなってくる。
いや……抵抗しようと思えばいくらでもできるはずだ。
ちょっと強気で「どけ」と言えば、天音はきっと退いてくれる。それなのに、僕はなんでそうしない……?
ブランコの鎖をぎゅっと握りしめていると、天音が両手で僕の頬を掴んだ。
おでこをコツンとくっつけて、そのまま唇を添えようと近づけてくると――
「……む、こんな時に電話なんてタイミング悪いですね」
天音のスカート、そのポケットからスマホの着信音が鳴り響いた。
どうやら母親からだったらしく、天音は僕から離れて電話に応答している。
「た、助かった、のか……?」
大きく息をつくと、天音からの二投目を警戒してブランコから立ち上がった。
あれは一体全体なんだったのだろうか。
中学時代の天音ですら、こんな積極的に距離を詰めてくるような性格ではなかった。
年齢が上昇したことに伴なった心境の変化か、それとも背伸びをしているだけなのか。もしくは――天音の言葉通りなのか。
電話を終えた天音は、こちらに来るや否や抱きついてきた。
「せ~んぱいっ、覚悟しておいてくださいね? 私、先輩のこと、本気で”堕とす”つもりなのでっ♡」
天音はとびっきりの笑顔で上目遣いをしながら、僕にそう宣言をしてきた。
それだけ告げると、
「これから外食しに行くらしいので、そろそろお暇しますねっ!」
と、そそくさと去って行ってしまった。
一人置いてきぼりにされた僕は、再びブランコに座って揺らり揺らりと風にあたるのだった。
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