第9話 嫉妬されてるんだが!?

 結論から言うが――ここ最近というものの、天音の機嫌がめちゃくちゃ悪い。

 学校でパシリにされ購買まで走らされたり、蹴られたり、通学カバンを毎日持たされたり、殴られたり。


 ……いや、いつもと同じような気がするのはひとまず置いておいて、とにかくご機嫌斜めなのだ。翌日になればコロッと上機嫌になるはずの天音が、こうも長引いて眉間にしわを寄せているのは珍しい。


 心当たりとは言えば、先週の映画館でのことくらいだが……天音に直接なにかした覚えもまるでなく、手詰まりな状態である。

 うちの根城に居座りながら、現にこうして天音は頬杖をついてムスッとしていた。


「えっと、天音さん……? そろそろご機嫌を戻してもらえると僕としては嬉しいんですが……」


 顔色を窺うようにそう聞くと、天音はさらに頬を膨らませてしまう。膨張していくと、やがて破裂したかのように彼女は僕を据えて叫んだ。


「――せんっっっぱいはなにもわかってませんっ!!」


「お、おう……」


「宮寺先輩にあんなに優しくしちゃってどういうつもりですか!? なんで他の女を口説いてるところをまじまじと見せつけられなきゃいけないんですか!?」


「口説てるってなんのことだ? まるで心当たりがないんだが……」


「うぅっ、この無自覚たらしっ! すけべっ! ろくでなしっ! 女の敵っ! 先輩みたいな無神経な人がいるから私含め世の女子が困らせられるんですよっ!!」


 極めつけには「クズっ!」と罵られた。

 てかおい、お前に限っては困らせる側の人間だろうが……僕めっちゃ困らされてるぞ。

 天音は身を乗り出すと、双手で僕のほっぺをぎゅっとつねってくる。


「先輩、ごめんなさいは?」


「ご、ごめんなひゃい……」


 そう謝罪すると、天音は最大限までほっぺを引っ張って離した。

 痛む頬をさすっていると、「反省してください」と呆れたように息を吐かれる。


「反省しろって言われてもな……具体的にこうしろとかないのか? 改善策くらい出してくれないと僕だって直しようがないし」


「他の女と一切会話しないでください」


「無理だ」


「嫌です」


 天音の提案を即拒否すると、それを拒否されてしまう。

 薄々勘づいてはきたが、天音のこれは独占欲が先行した結果なのかもしれない。事実無根ではあるが、下心を用いて宮寺と会話していたと、そう天音は感じたのだろう。


 つまるところ――


「もしかして嫉妬してたんのか? 宮寺と親しげに話してたのを」


 そういうことだろう。

 論点をついていたのか、天音はみるみる赤面になって息巻いた。


「だったらなんか文句あるんですかっ!? だって先輩、私にあんな優しい声掛けしてくれたことないじゃないですかっ!! 宮寺先輩だけそんなのズルいですよっ!!」


 先ほどのにべもない横暴な態度を一蹴するかのように、天音は豪語した。


「…………ただの嫉妬で僕をろくでなしとかクズ呼ばわりしてきたのか」


「ただの嫉妬ってなんですかぁ!! どれだけ私が不安に駆られてたと思いますか!? 先輩を散々こき使っても払拭しきれないくらい、それはもう不安だったんですよ!?」


「払拭の仕方が間違ってんだろ!? いつもの罵倒次いでにそのことも言えば解決してただろうが!?」


「だって、だって……先輩に気づいてほしかったんですもんっ!」


 涙目になりながらそう訴えられて、さすがにたじろいでしまう。

 天音が涙を浮かべることなんて滅多にない。それだけ彼女にとって憂慮すべき事態だったのだろう。


 久方ぶりにやらかしたな、と自分でも見事なまでに自己嫌悪に浸った。

 だからこうして無意識のうちに――天音の頭を撫でてしまっていたのも、仕方ないのだ。


「なんか、悪かったよ……これからはもっと配慮する」


 撫でるのを続けていると、ぷしゅうと蒸気が発せられたかのごとく天音は萎縮して俯いてしまう。亜麻色の髪はしっかりと手入れが行き届いていて、しっとりとした髪質はとても撫で心地がよかった。


「でもさ、僕だって異性の気持ちを配慮しきれる自信がないし……天音もいつもみたくズバズバ言ってくれよ」


 今週のように下僕扱いされるくらいなら、言葉でメンタル抉られる方がよっぽどマシだ。

 というかそのせいで、『成瀬咲人は星空天音の下僕』という良からぬ噂が発生しているらしい。その由々しき事態だけはなんとしてでも回避したいのだ。


 それに……今更そんなことで崩れるような関係地でもないだろうが。


「も、もういいですっ、恥ずかしいんで撫でないでください……」


 ぺしっと手をはじかれ、天音は顔を上げた。


「ちゃんと確認しときますけど、宮寺先輩を口説いてるつもりとか本当になかったんですよね?」


「本当に口説くつもりがあったら天音を連れていくわけないだろ、普通に考えて」


「そ、それはまぁ、そうですけど……」


 あの一件のせいでよほど用心深くなっているのか、天音は不貞腐れていた。

 第一、宮寺は僕にだけじゃなくて色んなやつと仲良くしてるんだぞ……自分だけ特別扱いされるなんてことはないし、宮寺を特別扱いすることもない。そんなことしでかしてしまえば、同学年の男子どもに恨まれるのは目に見えている。


 そうして宮寺のことをしばし思い返してみると、「あっ……」と僕は声を漏らしてしまった。


「どうしたんですか先輩? 急に喘がないでくださいよ、気持ち悪い」


「気持ち悪いってお前な……いや、まぁちょっと思い出したことがあって……」


 言葉を濁していると、天音は怪訝そうに顔をしかめた。


「なんですか、焦らさないで言ってくださいよ」


「あぁ……実はゴールデンウィークの勉強合宿――」


 うちの高校には毎年伝統の行事がいくつもある。

 進学校なだけあって学力水準はとても高いし、私立なので契約している施設なども複数ある。


 契約先の施設を利用した、任意参加の勉強合宿がゴールデンウィークにあるのだが……部屋数と参加人数の関係上――


「宮寺と同じ部屋になった」


 二人一部屋の寝床。

 つまり、そういうことだ。


「全然配慮してないじゃないですか――バカっ!!」


 過去最高峰の威力で、天音にぶん殴られるのだった――。

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