第8話 映画館で絆される!?

 デパコスフロアではそれはもう不毛な諍いが続いたが、宮寺はリップを、天音は口紅をそれぞれ購入してすっかり上機嫌に戻った。

 館内を散策し、途中寄ったカフェで小休憩をしているところだ。


 それにしてもこの二人、ここまで反りが合わないとはな……。カラオケで遊んでいた時は不仲そうな素振りは見当たらなかったのだが……。


 隙を見て天音にも探りを入れてみたのだが、「女の勘が宮寺先輩を敵だと見なしてるんですっ!」とか不明確な根拠を突き付けられただけであった。

 どうしたものかとコーヒーを口に運んでいると、天音が映画館のパンフレットを眺めていた。


「いつの間にそんなもん手に入れたんだ?」


「さっき小さな男の子が落としていたので貰っておきました」


「ぶっ――返してやれよこの泥棒がッ!?」


「嘘に決まってるじゃないですか、バカなんですかっ?♪」


 小馬鹿にするように笑われたので、天音が食していたガトーショコラをフォークでぶっさし口内に放り込んだ。

 すると天音は「あぁ!?」と素っ頓狂な声を荒げて、ガシガシと蹴りを入れてくる。


「先輩の、先輩のどあほっ! なんで私のガトーショコラ食べちゃうんですかぁ!」


「僕をバカにするのがいけないんだろ! てか痛い、痛いから蹴るのやめてくれよ!?」


 そんな攻防を繰り広げていると、宮寺は苦笑いしながら映画館のパンフレットを見つめていた。


「あ、わたしこの映画見たいかも……」


 宮寺はぼんやりと漏らすと、僕らをチラッと伺った。




***




 別館の最上階フロアをまるまる占拠している、県内でも有名な映画館。

 エスカレーターでそのフロアに到達すると、ヨーロッパを彷彿とさせるような高級感溢れる壁紙とカーペットが僕らを迎え入れた。


 ドリンクだけ注文して劇場内に足を踏み込むと、仄暗さが臨場感を与えてくれる。


「なんか映画館って無駄にはしゃぎたくなりません?」


「あーなんかその気持ちわかるかも。わたしも小さい頃はこの階段、いつも走って上ってたなぁ……」


「宮寺にもそんな子どもっぽい部分があるなんて意外だな」


 他意はなかったのだが、宮寺は不服そうにムッと口をすぼめていた。

 後方座席の三席に各々が座って、左から宮寺、僕、天音という順になった。二人が討論して、これが最善だという結論になったらしい。


「(ねね、こうやって咲人くんと映画観にくるなんて、なんか新鮮だね)」


 上映前の広告宣伝中に、宮寺がひっそりと耳打ちしてくる。


「(確かに、なんだかんだ複数人でしか宮寺とも遊んだことなかったしな)」


 宮寺雫は気立てが良くて、優しいクラスメイト。地元が離れているせいで顔見知りの生徒などおらず、どことなく浮いていた僕とは関わることのない上層階の人間。入学当初はただそんな認識だった。


 しばらく経ったとある日の放課後のこと。


 ――ねぇ咲人くん、迷惑じゃなかったらみんなで遊びに行かないかな?


 宮寺はそうやって僕を遠慮気味に誘ってきた。

 それが高校一年の時の今でも忘れることのない記憶だ。

 言葉にこそしたことはないが宮寺には本当に感謝している。曇り空に差した一本の光というものがあるのなら、その光がまさしく宮寺だった。


「(ふふっ、そうだね。正直なところ、二人きりで遊ぶってなったら断られるんじゃないかってドキドキしてたんだ。結果的に二人きりではなくなったけど……あはは)」


「(断るってなんで? 宮寺に誘われて断る理由なんかないだろ)」


「(えっ……そ、それってどういう……でも……)」


 元々小声で会話していたせいで、宮寺が口ごもるとなに言ってるのかサッパリ聴き取れなくなった。


「(…………? まぁでも、なんだ……あの教室に宮寺がいなかったらと想像するだけでゾッとするし、助かったよ……ありがとな)」


 もらった会話のついでだが礼を述べると、宮寺はそれ以降口を開くことはなかった。自分が『見たい』と呟いていただけあり、上映が開始したのでそちらに集中したいのだろう。

 宮寺の方に傾けていた体も定位置に戻して、僕もスクリーンを見つめた。


 どうやら高校を舞台にした主人公とヒロインの恋愛作品らしい。

 テンポよく綿密なストーリーが進行していくが、恋に落ちた主人公はヒロインの余命が半年だと知り……って、ええ!? そこで恋敵出てくるのかよ!?


 予想外なストーリーが展開されていき、びっくりするような伏線がいくつも回収されていく。

 終盤に差し掛かって、喉をゴクリと鳴らした。


 口内が乾いてきたのでドリンクを取ろうと右手を伸ばすと――タイミングを見計らったのように、天音が僕の腕を掴み取った。


「(っ…………こ、コイツ……)」


 まさしくカラオケの時を思い出させるように、僕の右手を自分の太ももに挟むようにしてホールドしてくる。

 天音がミニスカートを履いているせいで嫌というほどぷにぷにした感触が伝わってきて、なんとか離そうと脱出を試みたが腕をつねられて阻止されてしまう。


 どうやっても離さないつもりらしく、だがいつものように弄ぶような素振りは見せなかった。

 チラリと宮寺を見やると、ラストシーンに無我夢中といった様子でこちらに気づくことはなさそうだ。


 ……怒ってる、のか?


 暗闇で表情はわからないが、いつもは見せない天音の態度に困惑してしまう。

 天音は解散するまで僕の口を聞かず、ラストシーンもほとんど頭に入らないのであった――。

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