第10話 悪夢に縛られた!?
――居眠りから目覚めると、手足が縛られて目隠しをされていた。
四肢を動かしてみたが、椅子のパイプ部分にガムテープのようなもので巻き付けられているような感じがして、全く意味をなさなかった。
後頭部辺りにゴムの感触がするので、アイマスクみたいなもので視界を閉ざされているようだ。
「だ、誰かいるのか……?」
唯一口元は拘束されておらず、緊迫した状況下の中で恐る恐る口にしながら、僕は状況を整理した。
放課後、いつものように部室に来て……だからここは文芸部の教室だよな……? 読書しようにも眠気に襲われて、目を覚ましてくれる相手も居なくて、それで船を漕いだ……はずだ。
「あはっ、やっとお目覚めですか。居眠りにも程があるんじゃないですか?」
状況整理をしていると、教室内で少女の声が響いた。
「……天音、なのか?」
「はい、そうですよ? まさか私の声を忘れちゃった、なんてふざけたこと抜かさないですよね?」
毒を刺すように、冷え冷えとした声音で彼女は答えた。
「っ……怒ってる、のか? てかこれ、天音の仕業なのか……?」
「怒らせるようなこと、した心当たりはないんですか?」
それに付け加えるよう、「私がやりました」と彼女は白状した。視界がない分、怒気を孕んだ言葉にビクッと怯えてしまう。
僕が、怒らせた……?
そんなことはないはずだ。
昨晩だって、深夜遅くまで天音との通話を付き合わされていたが、彼女から怒っている素振りは感じられなかった。
それだと消去法で今日怒らせるようなことをしたのかと問われれば、そんなことはない。今日彼女と顔を合わせたのはこれが初めてだ。
首をを横に振ると、天音は盛大にため息をついた。
「『昨日あんなに通話してたのに、なんでそんな怒ってるのかわからない』とか、先輩のことだから思ってるんじゃないですか? それもぜーんぶ私が仕組んだんですよ?」
「ど、どういうことだ……?」
「ここで居眠りさせるために寝不足にさせたんです、手足を拘束するために。先輩、案外律儀なので授業中に寝たりしないですし」
「さ、さすが天音さん……策士ですね」
「は? 褒めれば許されるとか考えてます?」
「……ごめん」
謝罪を入れた途端、ガンッと鈍い音がした。
椅子の脚部分を蹴られたようで、体が大きく揺さぶられると冷や汗が吹き出てくる。
「弱みを握られてること、ちゃんと理解してないですよね? 先輩は私の下僕になったんですよ? それなのにっ――」
天音は少し言い淀んでから、不満を吐き出した。
「ご主人様に許可もなく……他の女とデートしたじゃないですかっ」
一瞬、ポカーンとしてしまった。
ただクラスメイトの女子に誘われて、ショッピングに付き合わされただけなのに……その情報がどこからか流れたらしい。念のため相手には口外しないよう頼んでおいたので、隠し事にはなるのかもしれないが。
「デートの定義は人それぞれだけど……僕はそんなつもりじゃなかったんだ」
「先輩がそのつもりじゃなくても、私はそう感じたんです。先輩は私のモノなのに、それなのに勝手に……一言くらい言ってくれてもよかったじゃないですか」
「それはまぁ、悪かったよ……」
正直、わからなかった。
天音がなにを考えてるのか、なんで弱みを握ろうとしたのか、どうして”下僕”として扱うようになったのか。
表情を覗こうとしても、アイマスクが視界を遮る。真っ暗闇の世界でただ一人、天音の言葉だけが反芻して行き交っていた。
「だから先輩にはお仕置きの時間です。助けを求めても無駄ですからね? もうすぐ九時を回るので、私と先輩以外だーれもいませんから」
長時間の居眠りをしていたことを知らされると、太ももの上にひらひらした布が擦れた。やがて重みを感じ、天音が僕の上に座ってきたことがわかる。
――ぺろり。
視界が遮断されている分、天音に頬を舐められたのだということがハッキリと感じ取れた。ゾクリと身体が身震いする。
「な、なにを……っ!?」
「うるさいですよ、先輩――」
『やめろ』と口にしようとすると、唇を塞がれた。
唇越しに、潤った柔らかい感触が伝わってくる。
「んっ…………んん…………」
時間にしておよそ30秒ほどだったのだが、時を縛られるかのように口付けが長く感じた。やがて唇が解放されると、彼女は息をついて再び重ねてくる。
思考が遠のいていくような、正気を失っていくような、どうしようもなく抗えない気持ちが、心地よかった。
「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸を整えて、天音は僕の耳元で囁いた。
「先輩、大好きですよ…………先輩は私のモノなんですから、もう勝手にどっか行っちゃダメですからね……?」
僕は無意識のうちに、コクリと頷いていた。
「下僕がご主人様に逆らっちゃダメですからぁ……」
再度、首を傾ける。
「ほら先輩、ちゃんと下僕らしく謝ってください……?」
「ごめん、なさい……僕は天音の下僕です……許してください……」
「よく言えました、偉いですね」
彼女は僕の頭部を優しく撫でると、そのまま抱きしめてきた。
――せんぱぁい、大好きですよ。
――先輩はずっと私のモノですから。
そう、永遠に囁かれた。
しばらくすると、彼女は耳を舐めてきて――
***
――睡眠から目覚めると、天音が耳を舐めてきていた。
「おい……なんか違和感するなって起きてみたら、なにしてんだよお前」
「なにって、耳舐めしてるだけですけど」
「さも当たり前のように答えるな……」
「これも先輩が宮寺先輩に靡かないようにするためです」
「わかったからとっととティッシュ持ってこい」
はーい、と気だるい返事をして天音はリビングへ向かった。
それにしても……久しぶりにあの夢を見たな。
中学のころの記憶が、未だにこびりついている証拠だ。
「…………溝、かぁ」
天音に”堕とす”と宣言されて以来、悩んでいた。
彼女から弄ばれることに高揚感を得ていたのか、怖くて遠ざけようとしていたのか、はたまた両方か。中学時代の僕は天音のことをどう捉えていたのか。
一度逃げ出してさえいる僕は、どうするべきなのか。
それが最近になって、また分からなくなってきた。
分かることと言えば、口周りがやたら湿っていることだけ。
「まさかアイツ……」
またしても思考がグチャグチャになった。
きっとこれも、天音が弄した策なのだろう。
どうしても逃れられないのだなと、悟るのであった――。
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