第11話 二人ババ抜きをした!?

 ゴールデンウィークを迎えた。

 進学校なだけあり、勉学に勤しんでいたらあっという間に長期休暇。時が流れるのは早いなと実感しつつ、僕はバスに乗り込んだ。


「咲人くん、隣座ってもいいかな?」


 後方の窓際座席に腰を下ろすと、宮寺が遠慮気味に尋ねてきた。

「いいぞ」と承諾すると、宮寺は「失礼するね」とスカートを手で押さえて横に座ってくる。


「なぁ宮寺……その遠慮そうにするのやめろよ。なんていうか疑問詞多すぎ、距離感遠すぎ、もっと図々しくなれ」


 気さくにそう言うと、宮寺は瞳をパチクリさせて肩の力を抜いた。


「図々しくなれって説教されるなんて、なんかおかしいね。でも、うん、そうする」


「そーしてくれ。じゃなきゃ嫌われてるのかと勘違いする」


「嫌ってたらわざわざ咲人くんの隣座ったりしないよ!?」


 宮寺がおかしそうに笑いを漏らすと、気づけばバスが発車していた。

 全学年が同時に行われるため、他にも何台かのバスが後ろに続いている。

 とはいえ施設の利用者数も限られているため、募集も枠が超えそうになった時点で終了とされた。後から参加表明をした天音は、見事に蹴落とされている。


「ねね、わたしたちやっぱり同じ部屋なのかな?」


 スマホゲームをしていたのだが、宮寺から質問されたので手を止めた。


「そりゃな、当事者同士で決めたことだし」


 募集が終了し、先生がそれぞれの部屋割りを作成していたところで僕ら二人に呼び出しがかかったのだ。

 前年よりも参加者が増えてしまって、部屋が足りなくなったらしい。あと一部屋しか空きがなく、高校生男女を混ぜるわけにもいかず、別学年との組み合わせでもいいかという相談だったのだが……。


 ――わ、わたし、咲人くんとなら同室でも構いませんよ!


 宮寺がそう提案したことにより、ペアが決定することとなった。


 ――咲人くんなら信頼できるので、絶対に大丈夫です!


 そうやって先生を説き伏せていた宮寺の迫力といえば、それはもう凄まじかったが……僕も見ず知らずの他学年と一緒になるくらいならばと快諾した。

 誤解されそうなので前置きしておくが、邪な気持ちは一切ない。ただ天音と寝泊まりしているうちに、そういう感覚が麻痺していたようだ。


「幸いなことにベッドはちゃんと二つあるみたいだし、そんなに心配することでもないだろ」


「うぅ、そうだけど! でも男子と一緒に寝るのとか、初めての経験だし……さすがにちょっとは緊張しちゃうよ!」


「取って食うようなことしないんだから大丈夫だって……」


 宮寺がソワソワとしているうちに、バスは海道を走っていた。

 あまりにも景色が良すぎて、つい見入ってしまう。

 時期尚早で人影はまるでないが、観光地なだけあって海辺はとても綺麗だ。海水が透き通っているおかげか、小魚がおよいでいるのを目視できた。


「わたし去年は来なかったんだけど、すっごくいい所だねっ!」


 宮寺がこちらに身を乗り出して、子どものように目を輝かせている。


「勉強に張り詰めることになるけど、ある意味リフレッシュできるよな……外出させてもらえないけど」


「そ、そうなの……? もったいない……」


 彼女は不貞腐れたように拗ねると、乗り出していた身を戻した。

 漂ってきていた宮寺特有の甘い匂いも薄まり、安堵の息を吐いた。

 真顔で平静を装っていたものの、彼女の顔が目前まで迫ってきていて心中穏やかではいられなかったのだ。


 海沿いから外れると、バス内の生徒らはスマホに視線を落とした。

 休日ということもあり、いつどこであろうと基本的にスマホの使用は自由となっている。この合宿に参加する以上、遊びで現を抜かすやつはいないだろうが。


 それから5分ほどで目的の施設へと到着した。

 多目的室、体育館、寝室、食堂、シャワールーム、コインランドリー。必要なものはなんでも揃っているここは、勉強漬けするには適している環境である。

 こんな場所をゴールデンウィーク期間だけ貸し切りにしている私立進学校というのは、案外侮れないのかもしれない。


「げっ……宮寺お前、荷物多すぎるだろ……」


 バスから降車して荷物を受け取ったのだが、宮寺はこれから長期旅行に行くのかと錯覚させるほど大型のカバンを所持していた。


「コインランドリーもあるってパンフレットに記載されてただろ……まさか五日分まるまる詰めてきたのか……?」


「う、うん……やっぱりマズかったかな?」


「マズくはないけど、重いだろそれ」


 本来、もう一着だけ衣服を用意しておけば洗濯をして使いまわせるのだが……そういう発想に至らなかったようで、ポンコツなんだなと意外な一面を知った。

 僕はため息をつくと、宮寺の肩にかかっているカバンを無造作に奪った。


「え、わたしのミスだしいいよ……咲人くんだって荷物あるんだし、自分で持つから」


「…………さっき遠慮するなって言ったばっかだろ」


 それに周囲からの視線が痛すぎて、こんな大荷物を女に持たせたままにはできない。


「咲人くん、ありがと……」


 照れくさくなって、そそくさと寝室に向かった。

 事前に伝えられた号室に入室すると、正面左右にそれぞれシングルベッドが置かれている。素朴という言葉がよく似合う室内だが、エアコンなどもきちんと設置されており、少し滞在するだけなら不便はなさそうだ。


 二人分の荷物を床に置くと、彼女から再度感謝の気持ちを受け取った。


「午後になるまでは自由行動なんだよねっ、なにしよっかな~」


「文字通り、午後からは勉強漬けだからな。仮眠するやつとかも多いんじゃないか?」


「咲人くんは寝るの?」


「いや、寝起きに勉強はしんどいから、適当に時間潰そうかな」


「じゃあ二人ババ抜きでもしないっ!? トランプとかいくつか持ってきたんだぁ~」


 そう言って宮寺はカバンからトランプを取り出した。

 ……二人ババ抜きか。

 天音と知り合った当初、よく一緒にやっていたのを思い出した。


 ――二人ババ抜きは心が通じやすくなるんですよっ! だからやりましょ!


 謎の理屈をもってしてプレイさせられたが、やり始めると面白くて熱中していた記憶がある。

 カードが配られると、宮寺との睨み合いっこがスタートする。カード枚数が減っていくたびに悲鳴が漏れたりしたが、それなりに白熱していた。


 心が通じやすくなる、か。

 試合を重ねるごとに、少なくとも遠慮されないくらいは宮寺との距離感を詰めれたような気がした――。

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