第22話 優柔不断と指摘された!?
「くふっ……芸能人の娘をナンパって、おかしすぎるかな……」
祈聖はへそで茶を沸かすように笑ってみせた。
そうやって指摘され、しまったと後悔の念に駆られる。この場の一部始終を見られるだけでもSNSで炎上しそうなのに、口頭で伝えたのはマズかった……などと、面映ゆくなって論点をすり替えてしまう。
「成瀬くんから物申したのに照れてるの、可愛いかなぁ」
「っ、照れてなんかないし、子どもをナンパする趣味なんてないし」
「あーっ、それは減点発言かなーっ! キラだってもうちょっと身長欲しいもん!」
お前のその態度も減点だろうが……と陳情しそうになるが、「ごめんって」と大人しく謝罪した。すると彼女はあからさまにムスッとした表情をして、スマホのQR画面を映した。とっととライン追加しろ、という眼差しで睨まれる。
首尾よく連絡先を交換してくれたということは、デートはするという承諾のサインだろう。となればメッセージで今後の予定は話せばいいし、ここに留まる必要性もなく解散となった。
「えっと、住所特定するつもりなのかな……?」
「前置きしとくが、僕はロリコンじゃない――っ痛いから蹴らないでくれ!? ごほんっ……どうせストーカー集団からすでに特定されてるんだろ? 一人増えたところでさほど変わらないはずだ」
「むぐぐ、そーいう問題じゃないかなぁ」
帰路を立つ彼女の横を歩んでいると祈聖がへこたれた。
「……ストーカーがいるとわかってるのに、はいそうですかって一人で帰らせれるかよ」
そうボヤくと、彼女は「ふーん……」とそっぽを向いた。
「こんなところ星空さんにバレちゃったら、天然たらしくんは刺されちゃうかな〜」
「……このことは口外禁止で頼むぞ」
そう約束させようとしたが、祈聖は面白がって「どうしようかなぁ」と、つまらない駆け引きをしてきた。もちろん僕は大慌てで阻止したのだが……。
そうやって談笑していると祈聖の住処である高層マンションが姿を現して、つい瞠目してしまう。ここらではかなり有名なセレブが住まう場所であり、「またねっ!」とマンションに吸い込まれていく彼女の背中がやけに大きく見えた。
***
帰宅すると寝巻きに着替えて、体をベッドに埋めた。
あらかじめ入浴しておいてよかったと安堵しつつも船を漕ごうとすると、枕元に投げていたスマホが着信音が鳴る。おぼろげに応答ボタンを押すと、『もしもし咲人くん!』と陽気に挨拶された。
「……あぁ、宮寺か」
『もしかして寝る寸前だった? 祈聖ちゃんの相談受けてくれて、そのお礼したかったんだけどタイミング悪かったね。ごめんっ』
眠気を孕んだ語気を察したのだろう、宮寺は申し訳なさそうに謝罪してくる。
僕はあくびしながら「気にするな」と前置きして、疑問だったことを尋ねた。
「祈聖とは友達なんだろ? ……ってことは宮寺から僕を紹介したってことでいいんだよな?」
『うん、その認識で大方間違いないよ。でもほんとごめんね、きっと咲人くんならなんとかしてくれると思って、本人に確認取らず勝手に紹介しちゃった』
「いや、宮寺からの頼みならいいんだ。紹介でもなんでもなかったら無駄働になるとこだったしな」
『咲人くんはやっぱり優しいね……あ、祈聖ちゃんのことまでたらさないでよ!?』
「たらさねーよッ!」
宮寺は画面越しにクスクスと笑いを漏らした。
やはりというべきか、僕の印象変化が顕著となっていることを再確認してしまう。校内でもクラスメイトの内外含めて衆目されることが増えたように感じるし、SNSでもチラホラと話題にされているのを目撃する。だから宮寺はこうして女関係の話題や指摘をするようになった。
『成瀬咲人は星空天音の下僕である』という噂(ではないが)はもう浸透しきっているし、肯定こそしないが否定もしていないのが現状だ。中学時代を再現しているような錯覚を覚えながらも、ただ決定的にあの頃とは異なることはハッキリとしている。
――天音の恋心は、僕で埋まっている。
先ほど祈聖は僕のことを「天然たらし」と比喩表現したが、天然でも無自覚でもなければマンガやラノベの主人公のような鈍感でもない。
クソ生意気で毒舌でウザいやつだけど、それでも長年築いてきた関係値がある。信頼度がある。そんな後輩から余りあるほどのアプローチを施されれば否が応でも自覚させられるのだ。
だから……ちゃんと天音への回答を示すまでは、他のやつにかまけてられないだろ。さっさと解決しなきゃな。
「……祈聖をストーキングしてるやつらのリストを作成してくれないか? 一応確認だけしてから対抗策を練りたいんだ。宮寺の交友関係ならそれくらい朝飯前だろ?」
『む、わたしには口説いてくれないんだ。しかもちゃっかり利用されてるし!』
「僕がなんで宮寺を口説かなきゃいけないんだよ……」
僕がそう呟くと、宮寺は『うぅ〜〜っ』と唸っていた。追撃するように『バカ!』やら『アホ!』などと罵声を浴びせられたが、なにかを殴りつけている鈍い音が響いてきて心配になる。
『なんでわたしだけなにもないのっ!? おかしいおかしいおかしいよっ!?』
「どうどう、落ち着けって……」
『そういうところだよ! わたしは馬じゃないっ! それとも遠回しに馬面って言いたいの!?』
「ちげーよ……宮寺が馬面なら、人類の大多数はスライムみたいに顔面崩壊してるだろ……」
『だからそういうところなんだってばー! あうぅ〜〜〜〜〜〜っ! この筆舌に尽くし難いモヤモヤした感情をどう伝えればいいのっ!』
睡魔のせいか、宮寺の怒声がやけに大きく聞こえる。
『咲人くんはね、そうやってすぐに――』と、なぜか宮寺からの説教タイムになり、しばらくは適当に相槌を打っていた。泥酔しているわけではないが、彼女から放たれた『優柔不断』という単語がやたらと脳内を揺さぶってくる。その一言で、頑丈に積まれていた石垣が、ちょっと触れただけで瓦解していくような心地に陥ってしまう。
無意識のうちに『優柔不断』という言葉を反芻してしまった。『優柔不断』が自分を体現するのに、びっくりするほど当てはまってしまった。
そうか……天音のことを、ちゃんと見れていなかったんだな。
どうにかしなきゃいけないとか、解決しなきゃいけないとか、向き合わなきゃいけないとか。ふざけろ。論理的じゃなくて、もっと感情的になれよ。
天音がどうしたいのかじゃなくて、僕がどうしたいかだろ。
「悪かったよ。とりあえず祈聖のことは僕に任せろ。わざわざ電話してくれてありがとな。それじゃ――」
宮寺の返事を待たずに、通話終了ボタンをタップした。
スマホを置いて、仰向けになり天井を眺める。
どれだけ自問自答しても、天音に恋愛感情を抱いているという結論には至らなかったが、アイツからの調教……いや、束縛……ごほん、弄ばれるのは存外悪くないなと思ってしまった。
”堕とす”と宣言されて、そのために接近されて、実行されて。僕自身は抵抗していたつもりだったが、気づかないうちに堕とされていたのかもしれない。ドMなのかなぁ……と若干戸惑いもしたが、ひっそりと微笑んでしまった。
きっと、これが僕の答えなのだろうと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます