第21話 デートに誘ってしまった!?

 昇降口が学年ごとに異なるため、天音とは校門で別れた。

 二年の昇降口まで進んでいると、頭上からひそひそと会話が聞こえてくる。何事かと頭上を見渡すと、校舎の窓際から複数の生徒が身を乗り出していた。その生徒の指先には自分がいて、「ああ……」と納得する。


「……下らないな」


 情報感染させることを義務とする病原体があの人通りにいたのだろう。周辺にいる生徒ですらスマホと僕を交互に見合わせていた。

 SNSこそが学生の領分であることに反対はしないが、せめて本人のいないところで騒いでほしいものだ。


 スクールカーストを位置付けるにあたって、どの項目を選んだとしても普遍的な点数しか取れないのが僕であり、対して全項目満点を取れるのが天音である。この落差が話題性を産むのだろうが、迷惑も甚だしいところだ。

 天音が陰口を嘯かれていないかという多少の心配と、どこか不快感と苛立ちを覚えながら逃げるように下駄箱へと向かった。


「この悪環境、なんとかならねぇかな……」


 そうブツブツ呟きながら僕は外履きを上履きと交換すべく、自分のロッカーを開けたのだが――メモ帳のような一枚の紙切れが仕込まれていた。


「……なんだこれ」


 ラブレターにしては愛情の欠片もないような紙切れに、『今夜22時に○○公園でお待ちします』とだけ書かれていた。差出人の名前すら記載されておらず、嫌がらせの行為かと疑ったくらいだ。

 それでも紙切れを破棄しなかったのは、女子特有の丸字だったからだろう。

 こうして、僕は見事誘いに乗せられたのだった――。





***






 公園の片隅にあるブランコで、僕は静かに揺られていた。

 世間一般ではこれから就寝時間になるのだろう。公園の四方は木々で囲われているため外側の様子はわからないが、足音一つだってしないし、人の気配も感じられない。本当に来るのか……と、手にしている紙切れを眺めながら不安に駆られた。


「……しかもここ、『堕とす』って宣言された公園だし」


 なにかと縁があることに苦笑していると、


「堕とすってなんのことかな?」


 突如として後方から両目を覆われた。


「い、いつの間に……」


「抜き足忍び足って、古代から伝わる立派な歩術かな」


「どうせひっそりと近づいてきただけだろ」


「むむ、その回答はつまんないかな。ちゃっかり無視されてるし」


 その独特な語尾と、冷めたような声音は記憶に新しい。

 目隠しをやめさせて振り向くと、勉強合宿で出会った小柄な彼女がいた。暗闇に同調していたので特徴的な髪色は拝めなかったが、その姫カットの髪型は視界に入っただけでパンツがフラッシュバックする。

 だからだろう、口外禁止とされていたのに容易く漏らしてしまったのは……。


「……あのパンツの――」

「だからそれは口外禁止だって約束したかな!? ほんっと成瀬くんは危機感が足りてないかな!?」


「ちょ、ばかっ、近いって……」

「ばかなのは成瀬くんかな!? そんなだと雫にも愛想尽かされちゃうかな――って、あぅ……」


 接吻しそうなまで近寄っていたことに気づいた彼女は、半歩だけ後退して赤面になる。宮寺の名前が出たことに引っかかったが……とりあえず、「座れよ」と隣席に腰掛けるよう誘導した。彼女がそれに従うと、僕は安堵でため息をつく。


「散々白けさせてくれたけど、君はなんのつもりで手紙なんか寄越したんだ?」


「その、君っていうのやめてほしいかな。ちゃんと名前呼びしてほしいよ」


「いや、僕にだけ名乗らせて自分は名乗らなかっただろ……」


「あれ、そうだったかな? 狼狽しすぎててあまり覚えてないかな」


 彼女は「あははっ」と乾いた笑いをして、自己紹介をした。


凛堂祈聖りんどうきらかな。只今より成瀬くんはキラのこと、祈聖って呼ばなきゃいけなくなりました!」


 凛堂祈聖、か……天使のような神々しさを連想するネーミングだが、そう感じさせないのは何故だろう。初対面で見合わせた時もそうだったが、随分と大人びた雰囲気を醸しているくせに垢抜けない様相がある。

 小柄な体型からは見通せないほどの、”なにか”があるのだろう。


「なんか、祈聖も色々と背負ってるんだな」


 無意識のうちに、僕はそう漏らしていた。

 それに反応した祈聖はポカンとしてこちらを見据えてくる。


「それで用件は? 人目を避けてまでしなきゃいけない相談事なんだろ。宮寺からの紹介か知らないけど、友達の友達として引き受けてやるよ」


 あんな紙切れを寄越すくらいだ、告白の意思がないのは必然である。それに先の発言から宮寺と交友関係があるのもわかった。それで相談事というのはなんとなく類推できる。

 しばらく返事を待っていると、祈聖は困ったように「う〜ん……」と唸った。


「感情の機微には疎いくせに、意外と鋭いかな……さすがは天然たらしの称号を与えられるだけのことはあるよ」


「初耳だぞ、そんな称号は……」


 僕の訴えを無視して、彼女は「それでね――」と流暢に語った。


「うちの学校にね、祈聖のファンクラブがあるの知ってるかな?」


 首振りをして、知らないという意思を伝える。


「祈聖ってば学校じゃそれなりに有名人なのに、成瀬くんはなんで知らないかな……」


 祈聖はそう不満を漏らすと、流暢に話を続けていく。

 ――物事の発端は二年生に進級してからだそうだ。

 祈聖とは無縁であったのでファンクラブという実態があることなど初耳であったが、『祈聖の両親は芸能人』という家柄を聞かされて納得がいく。男優女優を父母として持っているのなら、彼女の様相にも府が落ちる。

 とはいえ、いつまで経っても祈聖から好意を向けられないファンクラブという名ばかりのストーカー集団は、今年度から『盗撮』やら『ストーキング』という行為にまで先走るようになったらしい。意味が分からなさすぎる。


「そこで成瀬くんにお願いかなっ! この問題、なんとか解決してほしいかなっ!」


「なんとかって頼まれてもな……」


 諸葛孔明のような戦略家でもなければ、織田信長のような圧倒的な武力もない。

 腕組みしながらしばし長考していると、中学時代に天音を助けたことが脳裏に過ってブンブンと頭を振った。

 ……あれは他人を傷つける手法だ……もっと、問題にならず、穏便に解決する方法は。


「あ……そうだ。僕とデートでもしてみないか、祈聖?」


 そんな似合わぬセリフを、僕は漏らしてしまった。

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