第23話 記憶にございません!?
(祈聖)これとかどうかな?
(咲人)もっと他のないのかよ……
(祈聖)お父さんってすぐに衣装捨てちゃうから、もうこれくらいしか残ってないかなー。でもこれ、絶対似合うから家政婦さんに持ってかせるね。てことで住所教えて欲しいかな!
(咲人)もうなるようになれ……後で外出するから、玄関にでも掛けといてくれ
明日の予定調整のため、祈聖とラインをしていた。
家政婦ってなんだよ……と一般家庭育ちである僕はツッコミしたくなるが、それよりも添付されていた画像を見てげんなりとしてしまう。これはコスプレかと叫びそうになるが、近所迷惑になるのでやめておく。
指示通りに住所だけ伝えて、アプリを閉じた――ところでインターホンが鳴る。その数秒後にガチャリと解錠された。
「せ〜んぱいっ! 超絶可愛い天音ちゃんがやって来ましたよ〜っ!♡」
ドシドシと寝室まで侵入してきた天音は、頬に人差し指をつけてながらキャピんと決めポーズをとった。
「うわ出た、授業サボって編み出したやつ」
げんなりしながらそう呟くと、天音は目を皿にした。
数秒後に天音は「覚えてたんですか……」と声を漏らして、ベッドで寝転がっている僕に近寄ってくると体をゼロ距離まで密着させてくる。
僕が壁際まで撤退して離れると、天音はすかさずこちらへ侵略してきた。そんないたちごっこを制したのは言うまでもなく天音であり、ベタベタと抱きつかれてしまう。
「なんで逃げるんですか」
「……恥ずかしいからに決まってんだろ」
「えへへ、ならもっと恥ずかしい思いをさせてあげますよ」
はむ、と耳を甘嚙みをされる。
どくんと心臓が強い鼓動を打った。頭を動かして天音から逃げようと試みるが、彼女の双手ががっちりと僕の顔を掴んで離さない。
今度はぺろりと耳朶を舐められる。ぞくり。撫でられるように全身が粟立つ。呼吸するのも忘れてしまいそうなほど、僕の意識は天音と自分の片耳に傾いていた。まるで、もっとして欲しいと強請るように。
なんだよ、これ……。
天音の宣言通り、僕は堕とされてしまったのだろうか。
あるいは僕の迷子めいていた心境が確固たるものになったからだろうか。
にたぁと、天音は悪魔もかくやといった笑みを浮かべる。
僕は詰まらせていた息を吐きだす。
彼女の背中を二度叩いた。これ以上は耐えられない。その意思を懸命に伝えると、しばらくして天音は僕から離れた。喉が渇いたのか冷蔵庫を漁りに行く天音に、『この悪魔め』という皮肉を込めた視線を投げてやったが、一瞥もなく無視される。
オレンジジュースを注いだコップを手にして天音が寝室に戻ってきた。
「せんぱぁい、口移ししてあげましょうかぁ?」
「口じゃなくてそのコップをそのまま渡してくれ」
「ええ~、私にさっきまで耳を押し付けてたくせに」
「……記憶にございません」
そういうことにしておきます、と天音はオレンジジュースを飲み干した。そのまま流し台で空になったコップを洗い終えると、狭苦しいベッドにばふっと飛び込んでくる。
片腕足が接触して痛みに悶えていると、天音はそれを見て「あはは」と笑い飛ばした。
「先輩、最近外出してるときはツンツンしてるくせに、家の中だとやけに素直ですねっ!」
「誰のせいだよ誰のせい!? お前が外で爆弾発言するのがいけないんだろ!?」
「それこそ記憶にございませんーっ!」
「お前のそのポンコツの頭を叩き直してやろうか!?」
「あーっ、DVはよくないですよー! 暴力反対です!」
「さっきまで自分がやってたことを思い出してから同じことが言えるのか!?」
「なに言ってるんですか、先輩だってすごく気持ちよさそうにしていたじゃないですか」
「…………ノーコメントで」
それを指摘されると耳が痛い。
「別に私はいつでもウェルカムなんですけどねー。ほら、いつでもおっぱい揉んでいいですよ」
「やめろ、わざわざ強調してくるな。恋人でもないやつの胸をわざわざ揉むかよ」
「ちぇっ」
舌打ちするなよ……。
張らせていた胸部を元に戻すと、天音は口を窄めながら足をバタバタさせる。その足も当たってるんですけどね、痛いんですけどね。そんなことは気にも留めず、彼女は自分の顎とマットレスで枕を挟みながらスマホを弄り始めた。インスタグラムで友達のストーリーを閲覧しているようだ。
「そういや、これから夜飯食べに行こうかと思ってたんだけど……その、天音も一緒に来るか?」
さりげなく問いかけてみると、天音は上体を起こして勢いよく頭を上下に振った。それを確認した僕は口元を緩めながら外出の準備を進める。
「先輩から誘ってくれるなんて珍しいですね」
「まぁな」
だって――
僕は君の下僕で、君は僕のご主人様なんだろ?
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