第24話 似合わない!?
翌日。
自分の格好を寝室にある姿見で確認していたのだが……。
「いやいや、これはないだろ……」
僕は鏡に映る自分を見て、げんなりとそう呟いた。
白色のシャツに黒色のベストを羽織り、ボトムスはグレーのスラックスを着用している。サラリーマン、刑事課の警察官、あるいはホストかなにかだろうか。様々な職業が僕の脳内で横並びに網羅される。両親が芸能人で、父親の衣装残りとはいえ、これはないだろう。少なくとも高校生には分不相応なものだ。
今回の件、もしかして僕には過重な役割なのではと後悔の念が生じる。
最後に手にしているサングラスを掛けて、準備は整った。
……似合わないわ、うん。
***
凛堂祈聖のファンクラブ。
おおよそ予想はついていたが、その実態は学校内でもとりわけ目立たない男子生徒らによる集団ストーキング行為から成り立っていた。祈聖の愛らしい小柄な容姿から校内で人気の衆目を集めるのも至極当然なのだが、加えて芸能人の両親を抱えるという家柄がそれを促進させるらしい。
宮寺から受け取った自称ファンクラブのメンバーリストにも、大方想定していた人数や人柄の傾向がみられる。その上、このグループの主犯格らしき人物まで発見することができた。しかし、これは不要な副産物であった。
「岩井雄大、ね」
そのリストを眺めながら、僕は彼女との待ち合わせ場所でそうぼやいた。
岩井雄大。彼の名前は少数の友達しか持たない僕でも耳にしたことがあった。同級生スクールカースト内でもトップクラスに位置するであろう、二年生にしてテニス部のエースを担っている男だ。
祈聖にメッセージアプリで岩井雄大のことを尋ねてみたのだが、これがまた出るわ出るわの黒歴史。毎日のように別教室にいる祈聖のもとへ訪れて遊びに誘ったり。許可してもないのに隣で昼飯を取られたり。……それも祈聖への告白回数が7回に到達したところで終止符が打たれたそうだが、このファンクラブはその復讐と言わんばかりの嫌がらせ行為であると僕は踏んでいる。
しかし、宮寺の情報網がここまで優秀だったとは。
素直に感嘆しながら、僕は地下鉄の出口階段から現れた小柄な女性を発見した。
「よう」
「おはようかな、成瀬くん」
祈聖は僕の顔を覗くようにして、ニコリと微笑んだ。
連動するように彼女のダークパープルの艶やかな髪が揺れる。その下を辿るように僕は彼女を見た。白色の膝丈ワンピースに黒色のカーディガンを羽織っていて、身長と反比例するようなヒールが高めのパンプスを履いている姿は、さながら金持ちのお嬢様を連想させた。
いや、実際にお嬢様なんだろうけど。
ええと、こういう時はなんて言えばいいんだっけ? 確か……。
「その服装、すごく似合ってるな?」
「なんで疑問形になっちゃったかなぁ……そこは断言しなきゃだめだよ」
「なにぶん慣れてないもんでな……。台本みたいなものを昨夜送られてきたばかりなのに、昨日の今日ですんなりと出来るわけないだろ……」
「そこをアドリブでなんとかするのが役者の使命かな」
「たった一日限定の役者には荷が重いよ」
ため息が漏れるのを必死に押し殺した。
元を辿ればデートの提案をしたのは僕だ。彼氏がいると喧伝すればストーキング行為もなくなるだろうという安直な手法であるし、先日の僕は我ながら最高の閃きなどと思っていた。前日の僕をぶん殴りたい。
……しかし、引き受けてしまったのだから仕方ない。
祈聖の彼氏役をしっかりと務めさせてもらうとしよう。僕の身元が露見しないようにわざわざ父親の衣装まで借りたのだ。それ相応の働きはしなければならない。
それに、こんなことは早々に片付けて、天音ときちんと向き合わなければ。
「とりあえず昼食でも取ろうか。行きつけのレストランがあるんだ」
「成瀬くん、すごい片言になってるよ。面白いかな」
「……帰るぞ」
「あは、ごめんごめん」
祈聖は小馬鹿にするように口元を手で抑えた。
わざわざ一夜漬けであの長ったらしい予定表を暗記してきたのだ。褒められることこそあれ、貶される謂れはないだろ……。
ええと、この次は……。
「ほら」
「ん、ありがとかな」
左腕を差し出すと、祈聖は自分の両腕で掴んだ。
直接手繋ぎをするわけじゃない。それが逆に僕たちに背徳感を齎した。
「これ、星空さんにバレたら、本格的に殺されそうかな」
「……ちょうど同じことを考えていたよ」
「恋人のフリをすることは伝えてないかな?」
「ああ、今日一日でファンクラブとやらは壊滅させてやるからな」
「気合十分なのはいいけど、キラはバレた時のこと知らないからね?」
「やだな、僕たちは運命共同体だろ?」
「なんでこういう時だけ役者っぽいセリフを簡単に吐き出せるかな……」
彼女は呆れたように肩を竦めると、「行こ?」と足を動かした。
「ああ、そういえば、ここまで来る途中は大丈夫だったのか?」
「うん、直接手は出してこないからね。でも地下鉄乗ってる時に何人かそれらしき人がいたかな」
「そうか……」
しかし岩井、ね……。
その苗字から、僕は中学時代のとある女子生徒を少しだけ思い出した。
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